今回は父親から引き継いだ小規模旅館後継者のお話です。
父親は勘と経験に基づいた経営、と言えば聞こえはいいのですが、どんぶり勘定でひたすら働いてきた人です。後継者は都内の中堅企業に勤務したのち、事業承継のため、数年前に戻ってきました。
父親のやり方は良くも悪くもワンマンです。うまくいっている時は、全てが好循環で回ってきました。しかしやがて環境変化が激しい状態が続き、父親は自分のやり方の限界を感じたのでしょう。後継者に全てを渡して引退する覚悟を決めたのでした。
後継者は会社勤めの時に身に付けた「組織で仕事をする」ことが必要だとの考えに基づき、年間経営計画の作成、月次予実差異検証、幹部会議の実施を定期的に実施していきました。
そのような中、後継者がいちばん戸惑ったのが、幹部の反応がとても悪いということでした。幹部は全て自分が子供のころからいるベテランです。自分のことを社長と呼んではくれますが、目が笑っているのがよく分かります。
後継者は自分のお宿での実績は何もありません。何か新しいことを提案しても、それは理想論だとか、旅館ではそうはいかないという声が、幹部から常に戻ってきます。「社長の言うことが聞けないのなら、辞めて他に行け」と、のどまで出かかった時も二度や三度ではありませんでした。
でももしこの人たちが皆辞めたら、その代わりの人がいないのです。募集をかけても全くといっていいほど反応がありません。理想の宿経営を追求していくより、妥協しながらも今の宿を継続していくしかないのかという思いになっていきました。
自分はなぜここに戻ってきたのだろう。親の事業を継続することが自分の人生なのか、と悩む日々が続きました。でもいくら悩んでも明確な解決策は出ず、誰にも相談できずにいました。
そんな時、お世話になっている銀行の支店長が交代になったと、若い新支店長があいさつに来ました。聞けば自分と同世代で、とても明るくはきはきとしています。
何度か会っていくうちに、新社長は自分のこれまでの経緯と今の悩み事を、支店長に相談する機会を得ました。業種や立場は違うが、頑張っている若手経営者を数名紹介してくれました。
さすが地方銀行ならではのネットワークです。社長は思い切ってその人たちを訪問しました。皆さん快く受け入れてもらい、それぞれの悩みや解決方法について話を聞くことができました。
もちろん業種が違うのでそのまますんなり受け入れることはできないこともあるけれど、共通するのは、経営者が理想とする会社の姿を明確にすること。理想的なお客さまを定義すること。一緒に頑張ってくれる幹部に対して、真剣に何度も話し合うこと。そしてその思いを外部にも発信し続けることでした。
これらを実践するようになってからは、少しずつ幹部の態度が変わり、宿の雰囲気が明るくなりました。新しい人材も増え、異業種の経営者仲間も増えていきました。
少し遠回りはしましたが、理想の旅館像を描き、幹部たちとともに進めていく時期が来たのではないかと実感しているようです。
「きっかけを作ってくれた支店長は、すでに転勤になりましたが、あの時相談する勇気がなかったら、今の自分はなかったでしょう」。
失敗の法則その33
自分の境遇が悪いと思い込み、何もアクションを起こさない。
その結果、全てが悪い循環に陥ってしまう。
だから、まずは異業種でもいいので頑張っている人たちと交流を始め、自分流に取り入れてみよう。
https://www.ryokan-clinic.com/
(観光経済新聞12月9日号掲載コラム)