私がお宿の経営相談を打診されたとき、最初に行うのが「旅館ドック」と呼んでいる総合診断です。人に行う「人間ドック」のようなものです。
お宿と人の身体はよく似ているなと思います。どういうことかというと、人は顔や体形などが外から見えます。だけど身体の中は外からは全く見えません。
お宿は施設、料理、サービスといった商品の構成要素や、経営者やスタッフの動きは、外から見えます。お金の状態は、現金預金残高、試算表、決算書で見ることができます。これは血液検査結果のようなものです。
さて私たちは健康であり続けるためのさまざまな知識は一応知っています。適度な運動や生活習慣、食生活に気をつけることですね。理解はしていても、それを実行し、継続することはなかなか難しいですよね。だから時には病気になり、思わぬけがをすることがあります。
その時には医療機関にかかります。そして診断に必要な検査を受けます。
何を検査しているのかというと、臓器がそれぞれの役割を果たしているのか、臓器と臓器をつなぐ経路や血液がうまく流れているのか。どこでどのような不具合が生じているのかです。
お宿では、頭脳は経営者。臓器はそれぞれの部門とそのスタッフです。血液は資金。血管や神経、食道は業務フローです。
さてここに厄介な問題があります。お宿には人のように身近な医療機関がありません。だから経営者自ら、お宿の身体の仕組みと不具合が生じたときの対処の方法を身に付ける必要があります。
外部の金融機関やコンサルタントは、専門分野には長けているのですが、それぞれのつながりがどうなっているのか、お宿全体がどのような状態にあるのかについてはよく分かりません。
だから経営者は本来あるべきそれぞれのお宿の中の役割や、健康な姿について、明らかにしておく必要があるのです。
だからまず経営者は、お宿が健康体である状態について、体系的に取りまとめましょう。そして体系を形成している構成要素をおさえていきましょう。
まずはわが宿の全体としての組織体系、部門の働き、部門長と部下スタッフの権限と責任。部門内および部門間の流れ。各部門とお客さまとの関係性。うまく回っているかどうかの監視体制と定期的な検査方法。それぞれの判断基準(血液検査の検査項目と各基準値の設定)等があげられます。
そして起こりうる病気やけがをあらかじめ想定して、不具合が生じたときの対処方法を、検討しておくことが次のステップです。
悪性の病気の時に、発見や治療が手遅れにならないよう、段階が分かるようにすることも極めて重要です。
人は病気やけがをするリスクが高いものです。今まで医療機関にかかったことがない人は、極めてまれですよね。
お宿も人と同じです。だから病気にはなるものだと思っていたほうがいい。けがはするものだとあらかじめ想定しておいたほうがいいのです。
では誰がこのようなことに危機感を感じ、事前に準備をするのか。それはお宿の経営者です。あなた以外にこの役割を担う人はいません。
さっそく人の身体とあなたのお宿の中身を照らし合わせて、それぞれの役割がうまく機能しているかどうか、まずは健康診断から始めてみませんか。スタートは早く始めるに越したことはありません。
失敗の法則その35
お宿が病気やけがをしたときに、治療方法が分からない。
その結果、病気やけがが悪化し、取り返しのつかない状態になる。
だから、いまから健康である状態を作るとともに、いざとなった場合の対処方法について準備しよう。
https://www.ryokan-clinic.com/
(観光経済新聞2025年1月1日号掲載コラム)