【学術×現場 10】気兼ねなくモノが言えますか 現場を何とかするのが旅館の支配人 福島規子


 現場で働く従業員が日々の業務の中から改善すべき課題を発見し、自ら進んで解決策を考え、実行する。これを「現場力」と呼ぶ。この現場力の強さが、組織のケイパビリティ(企業競争力を高める組織的能力)を高めていくと考えられている。

 ところが、顧客とサービス提供者の接点であるサービス・エンカウンターが、機械化されていたり、職場への愛着心が希薄な非正規労働者だったりすると、十分な現場力は期待できない。フロントカウンターで3D画像の恐竜や女性キャラクターが懇切丁寧にチェックインの手順を説明したとしても、それらが眼前にいる顧客の心情を読み取り課題や改善策を提示することはない。

 また、短期契約の派遣社員や時間給で働くパート従業員にしても、業務上の問題点は指摘するものの改善策を提案してくる従業員はまれだ。それでも、派遣のプロのようなベテラン接客係は「前の職場ではこうしていた」「このやり方の方が効率的」といった提案はするものの、受け入れ側は、「うちのやり方はこうだから」とにべもない。

 さらに、最近ではベトナムやネパール、中国といった外国籍の労働者が急増し、バイキング会場を回しているのは、ほとんどが外国人労働者である。このような状況下で現場力を強化していくことは容易ではない。従業員一人一人が「目の前のお客さまを喜ばせること」をジブンごととして捉え、顧客の顕在あるいは潜在的欲求に、主体的かつ自発的に行動するような現場をいかに作り上げていくか。

 この任を担うのがリーダーである。リーダーシップ論の教科書では、大概リーダーとマネージャーは違うと述べられているが、旅館のような小さな組織では、プレイングマネージャーとして現場に精通した支配人がリーダーシップを発揮しながら、マネジメントしていくほうがうまくいく。マネジメント(management)の動詞(manage)には、「管理する」「経営する」といった意味のほか、「何とか成し遂げる、何とかやっていく」という意味もある。つまり、旅館の支配人とは「現場を何とかする人」なのである。

 「支配人は現場に入るな。もっとやるべきことがあるだろう」と言い放つ旅館経営者もいるが、現場の支配人はスタッフと同じ動き、働き方をしているわけではない。従業員一人一人の個性を見極め、ゴールにたどり着くための「フラットなチーム」作りに奮闘しているのである。以前のような頂点に支配人を据えた上位下達、上司の言うことを聞くだけのヒエラルキー組織では、現場の課題や改善策はあがってこない。

 外国人労働者も含め全員が主体的に考え、自由に意見を言えるフラットな場を整えることで「心理的安全性」を備えたチーム、組織を編成することができるのである。

 組織学習の研究者であるエイミー・C・エドモンドソン博士は、「誰もが気兼ねなく意見を述べることができ、自分らしくいられる文化」を心理的安全性と呼び、従業員が不安を覚えることなくアイデアを提供し、情報を共有し、ミスを報告する風土を作ることで個人および集団の能力を引き出すことができるという。

 現場力を支える組織風土の醸成。支配人の仕事は現場にある。

 福島 規子(ふくしま・のりこ)九州国際大学教授・博士(観光学)、オフィスヴァルト・サービスコンサルタント。

 
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