【学術×現場 11】滞在客の夕食難民問題。「セルフキッチン」が問題解決の糸口に 福島規子


 旅館が滞在客を受け入れられない理由のひとつに、連泊時の食事問題がある。連泊客にとって品数の多い会席料理を何泊も食べ続けることは、かなりの苦行でもある。そこで、顧客自身が調理して食べる「セルフキッチン」(造語)を、旅行者経験の「本物」と「演出」の観点から考案したい。

 まずは、『旅行者行動の心理学』(佐々木土師二著)の、旅行者経験の「本物性」に関する実証分析(第6章Ⅳ)から旅行者が求める本物性について整理する。

 ピア&モスカルドは、社会学者ゴフマンが唱えた「バックステージ」「フロントステージ」の概念を用いて旅行者向けに特別な演出が施されていないものを「バックステージ=本物的」、旅行者向けにさまざまな工夫が施されたものを「フロントステージ=演出的」として旅行者経験を解釈した。これらを「場所」と「人物」に当てはめて考察した事例がわかりやすい。

 「場所」を演出的(フロントステージ)から本物的(バックステージ)へ段階的に示すと(1)すべてが演出されたフロントステージ=ディズニーランド、(2)手を加えていないバックステージらしくしたフロントステージ=サファリパーク、(3)外来者に開かれたバックステージ=坑道見学ツアー、(4)すべてがバックステージ=野生地域となる。つまり、高い次元で作り込まれたディズニーランドは演出的で、人の手が入らず動植物の生態系をそのまま観察できる野生地域は本物的と言える。

 同様に旅館の「人物」を「演出的~本物的」の視点から見ると(1)言葉遣いから立ち居振る舞いまで顧客を意識したフロントステージ=接客係、(2)バックステージ的役割を果たしつつ顧客に対応するフロントステージ=オープンキッチンの調理人、(3)訪問者が見るバックステージの人物=庭の手入れをするパート従業員、(4)すべてバックステージ=採れたて野菜を納入する地元農家の人となるだろう。

 しかし、佐々木氏は「本物性」と「演出性」を一次元構造の対極関係でとらえるのではなく、「本物的~非本物的」、あるいは「演出的~非演出的」の二次元構造として捉えることが望ましいと説く。一次元構造では、旅行者が経験する対象が「人為的統制をどれほど受けているか」を表すに過ぎないが、二次元構造にすれば「本物的~非本物的」は経験対象の固有の価値としての独創性・無類性・希少性・本質性といった次元で考察できる。他方、「演出的~非演出的」についても経験対象の出現・提示の形式に関する人為性・加工性・装飾性・操作性といった側面からの検討が可能になる。簡単に言えば、「本物性」は「内容」に、「演出性」は「表現」に関連する次元ともいえる。

 佐々木氏はこれらの組み合わせから、次のような4タイプの旅行経験を想定した。(1)本物的×演出的↓演出を施された本物を経験する。
(2)本物的×非演出的↓本物をそのままの形で経験する。(3)非本物的×演出的↓演出を施された非本物を経験する。(4)非本物的×非演出的↓非本物をそのままの形で経験する。

 そこで、冒頭の「セルフキッチン」の提案である。演出を施された本物を体験する(1)「本物×演出」としては、旅館の総料理長が作る郷土料理の動画を見ながら、地元の新鮮食材を使って客自身が調理するという方法が考えられる。また、非本物をそのままの形で経験する(4)「非本物×非演出」であればあらかじめ用意された缶詰類の中から顧客が好みのものを選び、部屋でくつろぎながら食べるといったスタイルもあるだろう。

 キッチンを客室に備えるか、あるいは共有にするかといったハード面の議論はこれからだが、「セルフキッチン」が夕食難民問題を解決する糸口になることを期待したい。

 福島 規子(ふくしま・のりこ)九州国際大学教授・博士(観光学)、オフィスヴァルト・サービスコンサルタント。
 

 
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