【学術×現場 12】予約係研修。料金は高い順から案内するのが鉄則 福島規子


 予約係のオペレーター研修での話。予約のとれないレストランで有名な同店のメニューは、ランチ、ディナーともに6千円、9700円、1万3300円のコース料理のみである。電話予約時の売れ筋は最も安い6千円コース。高価格帯の9700円、1万3300円コースは料理内容の説明すら聞いてもらえず「あっ、6千円のコースでいいです」と打ち切られてしまう。しかし一方で、顧客が来店後にメニューを見ながらコースを決める場合は、ほとんどが6千円コースではなく、真ん中の9700円コースを選択するという。

 なぜ、電話予約と来店時選択では選ばれる価格帯が異なるのだろうか。

 そもそも人間には物事の価値を関連性が高いものと比べて、相対的に判断する特性がある。店内でコース内容と価格表を見比べながら検討する場合、1万3300円のコースは9700円コースより割高に見えるが、逆に、6千円コースでは、ほかの二つに比べて劣っているように感じてしまう。その結果、9700円コースが魅力的に思え、真ん中の価格帯を選択するのである。

 しかし、同じ三択でも、「6千円のコース料理からご用意しております」と案内する電話予約では、アンカリング効果が働き、真ん中の9700円コースではなく6千円コースが選ばれる確率が高い。予約係は食材や品数を詳しく説明したり、記念日の利用か否かといった利用目的を尋ねたりしながら、高額コースへと誘導しようとするのだが、正直、6千円を9700円へと単価アップさせるのは容易なことではない。

 アンカリング効果とは最初に与えられた情報によってその後の判断が決められてしまうことを指す。最初に「安い価格」が示されると、人は、それ以降に目にする価格はいずれも「高い」と感じてしまうのだ。逆を言えば、最初に「高い価格」を示せば、顧客は「案外、安い」と判断する。電話予約では、高い料金から順に案内することが鉄則と言えよう。

 さて、一部の客室を露天風呂付き和洋室にリニューアルし、宿泊料金も一般客室の2倍以上と高めに設定した旅館の予約係は「客室指定のリピーター客が増えました」と顔をほころばせる。webサイトの客室図面や室内の画像を細かくチェックした上で、空室状況を問い合わせてくる顧客も少なくないらしい。

 また、団体客やグループ客は客室から見える景色や大浴場への近さなどを重視するが、個人の高単価客は客室自体のグレード感や設えへのこだわりが強い場合が多い。

 人には過去の行動を正しいと判断し、同じ行動をとり続ける「自己ハーディング」という心理的現象がある。例を挙げれば、一度、高い客室に泊まった顧客は、そのクラスの客室に宿泊することが自身の中で正当化され、次回も同等クラスの客室を指定するようになるようなことである。

 よって、2回目以降の予約問い合わせには、「〇〇様、いつもありがとうございます。先回と同じお部屋に空きがございますがいかがでしょうか」とさり気なく客室タイプを案内することが、高単価客をリピーター化する鍵でもある。

 ところで、前述した人間の価値判断は相対的であるとする「相対性の理論」や、自身の過去の行動に縛られる「自己ハーディング」といった心理学の理論を援用した行動経済学は、人を対象とするホスピタリティ産業との相性がよく、多くの気づきと学びがあり、面白い。

 福島 規子(ふくしま・のりこ)九州国際大学教授・博士(観光学)。オフィスヴァルト・サービスコンサルタント。

 
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