【学術×現場 13】おしぼり巻で気持ちをリセット 瞑想と同じ効果が期待できるかも 福島規子


 サービスコンサルタントとして駆け出しの頃、到着時のお茶と一緒に提供するおしぼりについてある提案をした。

 「真夏は冷蔵庫でキンキンに冷やした『冷たいおしぼり』をお出ししてはいかがでしょうか」。

 冷たいおしぼりを首筋に当てれば、汗が引いて気持ちが良くなるという思いからだったが、担当者は、ふう~と深いため息をつくと「暑いからこそ、熱いおしぼりを出すんでしょ」と一言。担当者いわく、冷たいおしぼりは肌に当てた瞬間はヒヤリとして気持ちがよいものの、べたついた汗をサッパリとふき取ってくれるのは、断然、熱いおしぼりである。また、冷たいおしぼりは、使用後に「水に濡らしたハンドタオル」のようなじめっとした湿り気が残ってしまうが、熱いおしぼりにはそのような不快感は残らない。

 結局のところ、同館では到着時に冷たいおしぼりを出し、その後、呈茶時に改めて熱いおしぼりを提供することになった。

 到着時にお茶と一緒に提供されるおしぼりは、あくまでお手拭きであり手以外を拭くのはマナー違反という説もあるが、おしぼり1本で旅の疲れが癒やされるのであれば、顔を拭くくらいは「どうぞご存分に」と大目に見たいところだ。

 ところで、コロナ禍では、おしぼりは袋に入れたまま提供するのが一般的だったが、同ウイルスの収束に伴い以前のように巻きなおしてから提供する飲食店や旅館が増えてきた。

 そこで、指導している旅館、レストランでもコロナ禍以前のように、業者から納品されたおしぼりをいったん広げてから異物混入や汚れ、布のほつれなどを確認した後に巻きなおすよう提案したところ、現場から予想外の声があがった。「殺菌消毒されているおしぼりを巻きなおすのは不衛生」「巻きなおす時間がムダ」「客数によって巻く本数が変わるので面倒くさい」など本音が漏れ聞こえてくる。

 背景にはコロナ禍を経て衛生管理や安全性に対する考え方が厳しくなったこと、サービス復活に伴う業務量の増加や段取り変更に対する不満、また、おしぼりの洗濯によって生ずる環境負荷への懸念といった従業員自身の意識変化があると思われる。確かに衛生管理、業務内容の変更、環境負荷といった観点から考えれば、おしぼりを巻くか否かの問題以前にどのようなおしぼりにするのか、あるいはおしぼりを提供するか否かといった根本的問題も浮上してくる。

 「おしぼりは日本のもてなし文化」の一つと称されるように、おしぼりには客人を迎える側の思いが込められている。特に、旅館でお着きの際に提供する布製のそれには、冒頭で述べたように、手指を拭くためだけの「お手拭き」ではなく、「旅の疲れを癒やすための道具」としての役割もある。

 諸般の事情を考慮すると布製から紙製のおしぼりに変更する、あるいはおしぼりの提供自体を中止するといった判断もあるだろう。それでも安易な選択を避け、自館のサービス指針に則った方策を多角的に検討することを切に願いたい。

 ちなみに、おしぼり巻きには瞑想と同じ効果があると考えられる。広げたおしぼりの端を中ほどに畳み込み、下から上へこすり上げるように丸めていく動作を繰り返すことで呼吸のリズムが整えられ、自律神経のバランスが良くなっていく。さらに、集中することで不安や雑念が取り除かれ、ストレスから解放されるというメリットもある。

 感情労働である接客係にとって、おしぼり巻きは頭と心をリセットし、自律神経を整えてくれる有益かつ不可欠な「心の休憩時間」ともいえよう。

 福島 規子(ふくしま・のりこ)九州国際大学教授・博士(観光学)、オフィスヴァルト・サービスコンサルタント。

  

 
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