現在、旅館の接客現場は、派遣社員やパート、外国人スタッフといったさまざまな人材によって支えられている。
正規社員であれば、接客所作のブラッシュアップ研修なども頻繁に行えるが、非正規社員となると、シフトや勤務時間数の問題から研修時間を確保することは容易ではない。だが、顧客にしてみれば正規社員か否かは関係ない。同等レベルの接客を求めるだけである。
そこで、非正規社員向けに「5日間の集中研修プログラム」を開発し運用を開始した。
研修時間は1日あたり4時間、5日間で20時間をあてる。接客レベル維持のために必要な20時間とみるか、「経験者に研修は不要」とするかは意見が分かれるところだろう。
だが、実のところ接客経験有りといっても、接客技術やレベルは人それぞれ。トレンチ(お盆)の持ち方ひとつ見れば、接客の技術的レベルは容易に判別できる。トレンチを胸の前で抱えるように持ったり、指先だけでぶら下げるように持ったりするようでは、接客技術は期待できない。
ちなみに、空のトレンチを持つときは、清潔であることがわかるよう表面を外側にして、身体に添うよう左側に持つのが正解だ。
現場が求めているのは料理を運搬するだけの「労働者」ではない。美しい所作と丁寧な接客で顧客を満足させられる「人材」である。レストラン業務を単に「料理を運ぶだけ」と捉えれば、その業務は配膳ロボットでも代替できてしまう。
だが、料理を順番に提供していく旅館の会席料理では、顧客の箸の進み具合を見て料理の量を調整したり、別の食材を提案したりといった特別な配慮が求められる場合もある。顧客のしぐさや言動から、そのニーズやウォンツを推察し、新たなサービスを提供することは配膳ロボットにはできない。人間の、接客係の仕事なのである。
そこで、完成させたのが前述の研修プログラムだ。プログラムの主な内容は以下の通り。
1日目:企業理念や接客方針の提示、身だしなみや勤務体制を定めたハウスルールの説明といったオリエンテーションのほか、顧客からよく聞かれることをまとめた問答集について解説を行う。
なお、問答集は暗記しておいてもらいOJTの際に、随時、口頭で質問し回答を求める。
2日目:(1)接遇のための基礎知識、(2)立ち居振る舞いと所作、(3)接客基本動作、(4)料理説明のための献立理解、(5)オペレーションなどを独自に作成した「指導者用教本」に沿って齟齬(そご)が生じないよう指導していく。
トレンチや脇取りの正しい持ち方のほか、「名残手」「迎え手」といった料理提供時の基本的所作をオリジナルのショート動画を活用しながら伝授していく。
3日目:敬語の使い方。尊敬語、謙譲語Ⅰ、謙譲語Ⅱ(丁重語)、美化語といった敬語の基本、「やる」「しゃべる」「ん」といった公共の場面では使わない俗語、「させていただく」などの間違った敬語を理論的に解説する。
4日目・5日目:ロールプレイング形式による接客訓練。いんぎん無礼にならない会話の仕方やシチュエーションごとの配慮行動を自身に考えさせながら指導を行っていく。
研修内容の可視化とシステム化は非正規社員に安心感とやる気を与え、接客のプロとしての自覚を芽生えさせてくれるに違いない。今後の成果に期待したい。
福島 規子(ふくしま・のりこ)九州国際大学教授・博士(観光学)、オフィスヴァルト・サービスコンサルタント。