オペレーター研修を実施する前に、教育係のAさんからオペレーターのBさんが対応した運転代行にまつわる話について報告を受けた。
同店は山中の一軒家レストランのため、来店するには自家用車かタクシー、あるいはルートが決められている送迎バスを利用する以外に来店方法はない。
Bさんは自家用車で来店した顧客から午後9時20分に運転代行の依頼を受け、その場ですぐに代行会社に電話を入れると10分ほどで到着するとのこと。顧客は、「10分くらいなら車で待つよ」と言い残し、駐車場に向かったという。
夜も深まり体も深々と冷え込み始めた午後9時45分。受付のモニター画面では運転代行が到着した様子も、駐車場から当該顧客の車が出てきたところも確認できない。「もしかしたら、まだ、車内でお待ちなのかも」と考えたBさんは、「温かいお茶」と「使い切りカイロ」を携えて駐車場に向かった。運転代行が来たのは、午後10時20分。手配をしてから1時間が経過していたという。寒さに震える顧客のために温かいお茶やカイロを自発的に持って行ったBさんの対応は評価に値する。顧客にも感謝されたことだろう。
だが、教育係のAさんは「サービスに正解はない」と前置きをした上で「お茶やカイロを持って行くよりも代行会社に電話して到着時間を確認する、早く来るよう催促する、それでも待たされるようであれば他の代行会社を手配するといったお客さまが一刻でも早く帰るための方策を模索すべきだった」という。
顧客に寄り添った真のサービスとは、顧客の立場に立った上で、「顧客が望むサービスの優先順位を考える」ことに他ならないとAさんは説く。
結局のところ、Bさんはお茶とカイロを持って行ったあとは何もせず。「あと少し、深く考えればわかることなんですけどね」とAさんは、Bさんの今後に期待を寄せる。
さて、教育係Aさん発案の「シチュエーション別オペレーター研修」を実施した。筆者が客役になりオペレーター役のBさんが受電する。その模様を録音し、再生しながら教育係AさんがBさんの改善点や良かった点について指摘していくのである。今回のお題は「遠方からのお客さまで、予約時に最寄り駅(ローカル線で本数も少ない無人駅)からタクシーで来るよう案内されたがタクシー乗り場に車はなく、流しのタクシーもつかまらないと電話が入った。どのような対応が望ましいか」という実際にあった事例に基づくものだった。
Bさん:「そちらの駅周辺には××タクシー会社さんしかないので、もう少し待ってみてください」
客 :「待っても来ないから電話しているんです」
Bさん:××タクシー会社に問い合わせたという体で「あと20分で到着するそうです」
客 :「ここからお店まで何分くらいかかりますか」
Bさん:「20分です」
客 :「予約席は2時間と聞きましたけど、いまから行って大丈夫ですか」
Bさん:「はい。お席は2時間とさせていただいております」
客 :「タクシーで行っても1時間ちょっとしかないじゃないですか」
Bさん:「左様でございますね。ただ、お席は2時間とご予約の際にお伝えしたはずですが」
客 :絶句。
Bさんは自身がクレームを創出していることに気づいていない。「あと少し、深く考えればわかること」なのだが。教育係Aさんの苦悩と試練は、今日も続く。
福島 規子(ふくしま・のりこ)九州国際大学教授・博士(観光学)、オフィスヴァルト・サービスコンサルタント。
(観光経済新聞1月6日号掲載コラム)