【学術×現場 4】ご飯を装うのに、なぜ、箸が必要なのか 福島規子


 高級小規模旅館で実施したサービス研修の話。

 今年入社の新卒から旅館勤務20年のベテランまで7名の接客係が、現在、提供している「標準化サービス」に配慮行動を付加し、新たなサービスへと進化させる方策について議論を重ねた。

 口火を切ったのは副リーダーのA子さん。「ご飯をお装いする際にしゃもじのほかに、お給仕用の箸を一膳、ご用意するのはいかがでしょうか」。

 「ご飯を装うのに、なぜ、箸?」とけげんな顔をする新人を尻目に、ベテラン陣は大きくうなずき、胸元で小さくパチパチと指先をあわせて拍手をする係もいた。同館では夕朝食時に土鍋で炊いたご飯を土鍋ごと提供しており、しゃもじも最初に係が装って差し上げるときに使う「係用」と、顧客がお代わりを装う際に使用する「お代わり用」の2本を添えている。

 箸を使うのは、混ぜご飯に入っているマツタケやカニといった貴重な具材を、しゃもじから取り除くためである。A子さん以外からも「マツタケやカニをしゃもじにへばりつけたまま、しゃもじを下げるのはお客さまに申し訳なかった」「これで、もったいないが解消される」というささやきが聞こえてきた。

 サービスに配慮行動を付加するためには、そのサービス行為を俯瞰しつつ何が足りないのか、どうすればよくなるのかを常に客観的かつ冷静に判断する意識が求められる。「しゃもじにマツタケやカニなどの高価な具材をつけたまま下げるとお客さまは不満を抱く。だから、しゃもじは具材をはずしてから下げる」は顧客視点に立ったサービスだが、「具材をつけたまましゃもじを下げるのはもったいない。だから、具材をはずしてから下げる」は、顧客視点とは異なる次元(たとえば、SDGsの食品ロス削減の視点)に基づくサービスともいえる。このように旅館で提供される対人接客サービスにも、顧客満足の向上だけではなく、SDGsやウェルビーイングといった新しい考え方を取り入れたサービス設計が求められている。環境保全や働く人の心身の健康維持といった視点からサービスを見直すことも必要だろう。

 ところで、ご飯は「盛る」「注ぐ」ではなく「装う」と言い、その装い方にもマナーがある。ご飯は茶碗の7分目程度に2回に分けて装い、3回目は神様のご飯と称して一口程度をふわりとご飯の上にのせる。装うには美しく整えるという意味があるが、ご飯を盛るではなく、あえて装うという表現をあてたところに、日本人のご飯に対する特別な思いがうかがえる。

 冒頭の旅館では、早速釜ご飯と一緒に箸、箸置きを用意することになった。たかがしゃもじ、されどしゃもじである。しゃもじ一本にもサービスを高次化させるヒント、配慮の種が潜んでいる。目を凝らしていきたい。

 福島 規子(ふくしま・のりこ)九州国際大学教授・博士(観光学)、オフィスヴァルト・サービスコンサルタント。

 
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