
化学調味料や保存料などを一切使わず、焼きあご、かつお節、うるめいわし、真昆布、海塩などの国際原料だけで仕上げた「茅乃舎だし」。その名はいまや全国に知られ、直営店か有名百貨店、あるいは自社通販でしか買えないという希少性や料理研究家推奨といった権威、また、「みんな買っている」という社会的証明も相まって多くの顧客から支持を得ている。
製造を手掛けるのは福岡県の総合食品メーカー久原本家グループの久原本家食品で「茅乃舎」の名称は2005年に同県粕屋郡久山町にオープンしたレストラン「茅乃舎」に由来している。大きなかやぶきを備えた山中の一軒家レストランは、当時、話題だったスローフードや地産地消といった考え方を取り入れ、地元野菜や安全安心にこだわった肉、魚などを生産者から直接、仕入れ、素材を生かした料理を提供している。
開業20周年を迎えた今年、大規模なふき替え工事に着手したのだが、本紙2005年10月8日付コラムに人が集まらず苦労した思いがつづられていた。
「結局は、接客業初挑戦の主婦や、大手スーパーの人員整理に巻き込まれた熟年女性、あるいはつい先日まで、とんかつチェーンで働いていたという自称『接客業大好き人間』のパワー全開女性といったパートタイマ―が接客の主軸を担うことになった。(中略)果たして、彼女たちは気持ちがゆっくりと溶けていくような心地よいサービスを提供することができるのだろうか。全員が顧客に支持されるスタッフになれるのだろうか」
「接客経験はなくても人生経験豊かなメンバーばかりである。いずれのスタッフも相手の顔色を見ただけで、いまどのような感情を抱いているのかを瞬時に見極めることができる。さりげない気配りがどれだけ相手のストレスを軽減させ、心地よくさせていることか」
「もしかしたら、真のサービスとは、言葉そのものも存在しない、気配のようなものなのかもしれない」(サービスコンサルタント 福島規子)。
なるほど。気配、いわゆる店の雰囲気やスタッフが創り上げる場の空気感が顧客の気分を高め顧客ロイヤリティの強化につながるという考え方はいまでも変わっていない。
そのためには従業員一人一人が、茅乃舎で働くことに喜びを見いだし、組織の一員であることに誇りを持って顧客に接する従業員ロイヤリティが不可欠である。
この従業員ロイヤリティは今の従業員たちにもしっかりと受け継がれているが、当時は、始業時間よりも早めに出勤してもてなしの準備を整え、退社時間を越えてもなお、「お客さまが満足した笑顔を見るまで帰れない」と熱く語るタイム社員も少なくなかった。いま思えばこのような従業員の熱い思い、ロイヤリティに甘えてきたところがあったのかもしれない。
対人接客業務には、「10分前集合」という暗黙の了解がある。持ち場には身だしなみを整えて10分前には控えておくというものだが、本来は、この時間も勤務時間とみなし給与を支払わなければならない。また、最近では、「制服に着替える時間」も勤務時間とし、タイムカードの打刻後に着替えることが一般的なワークルールとなりつつある。
着替える時間を10分とすると出退勤時間の計20分間は、従来の業務から外れることになる。20分あればおしぼりを40本は巻けるはずなのにと、恨み節を飲み込みつつオペレーションを組み直しているところである。
福岡にお越しの際はぜひ、御料理茅乃舎にお立ち寄りください。熱いおしぼりをご用意してお待ちしております。
福島 規子(ふくしま・のりこ)九州国際大学教授・博士(観光学)、オフィスヴァルト・サービスコンサルタント。
(観光経済新聞2025年3月10日掲載コラム)