【寄稿】企業再生への糸口 渡辺清一朗(EHS研究所代表)


 それは1本の電話が始まりだった。「○○リゾートっていう会社知ってるか? このところ結構な勢いで伸びている会社なんだけど」「知ってるよ。○○社長の会社だよね」

 海沿いのリゾートホテルを経営する△△社長と一緒にメインバンクを訪ねた帰り。社長が運転する車の助手席でその電話は鳴った。某金融機関に在職する友人からのものだった。友人は○○社長と仕事を通じて非常に親しく、これからのリゾート開発事業のアドバイザーとして私を紹介したいとのことだった。

 一方、△△社長のリゾートホテルは収益構造が堅調ではあるものの債務がやや過剰で、耐震補強やリニューアルなどの新規投資に耐えられる状況ではなかった。立地や運営などが好評価なこともあり方々から買収に関わる話はあるものの、話を詰めていくといつの間にか沙汰やみになるということが少なからずあったし、継続中の話もあるにはあった。

 今後の展開を考えればメインバンクの意向を確認することが不可欠と判断し、△△社長を伴ってメインバンクを訪問した次第。その会議では、債権者・債務者双方にとって相当に突っ込んだ話ができ、収穫ありとの好感触をつかんで社長の車に乗り込んだのだった。

 数日後、東京で某金融機関に在職する友人に伴われ○○社長を訪ねた。リゾート事業の将来展望の話は非常に面白く時間の経つのも忘れるほどだった。社長は事業の一環として新築ばかりではなく、既存物件を買い取りリニューアルして運営することも考えており、既に数件保有しているという。現在も数件について検討中で気に入った物件があるもののなかなか前に進まないらしい。

 「□□という海辺の観光地はご存知ですか」と社長。「はい、行ったことありますよ」と私。「でしたら、そこに☆☆というリゾートホテルがあるのですが…」と社長は非常に興味がある様子で話し始めた。なんと、△△社長が経営するリゾートホテルではないか。

 1本の電話がきっかけで、再生に向けた話がぐるっとつながったという話。数カ月前に実際に起こった話だ。

 現状はどうなったかというと、件のメインバンクはわずかな債権放棄はあったものの想定の範囲内で債権を回収。△△社長は従業員とともに運営会社の責任者として忙しい日々を送っている。また、○○社長のリゾート事業はこの買収案件を成功させた後もますます勢いを増している。三者の思惑がそれぞれ成就したのは「1本の電話」のおかげであった。

 この話のみならず、2013年3月に金融円滑化法が期限を迎えた後、徐々にではあるがやる気のある企業の再生への取り組みが活発化している。特に、14年後半あたりからは実際にそういった話をよく聞くようになったのも事実だ。私の周りでもこの2年間で相当な経営不振から脱出した中小企業は片手に余る。

 では、どのような企業が再生の糸口をつかめるのだろうか。旅館・ホテルに絞って考えてみる。まず前提として経営不振とはなんだろうか。数字に表れるのは売り上げや利益が思ったように上がらないことと債務が過剰なことだ。

 損益計算書(P/L)と貸借対照表(B/S)の片方、あるいは両方がいびつな状態をいう。決算書の内容については正確に嘘偽りなく作成されていることを前提とするが、以下に決算書から経営不振を見極める三つのパターンを紹介したい。

 まず、売り上げと借入金の額を確かめてほしい。借入金については代表者や身内などからのものを除き返済の必要があるもののみとする。

 (1)借入金と売り上げがほぼ同額の場合(借入金≒売り上げ)

 仮に売り上げ1千万円、借入金1千万円とする。金利3%、返済期間10年とすると、初年度に支払う金利は30万円、元金は100万円、合計130万円が必要だ。そのためには最低でも減価償却前の営業利益は130万円が必要で償却前営業利益率13%を要する。もちろん、金利や返済期間はこの限りではないが、100万円(償却前営業利益率10%)程度の償却前営業利益がない場合は経営不振と言える。

 (2)借入金を売り上げが上回っている場合(借入金<売り上げ)

 仮に売り上げ1千万円、借入金500万円とし金利・返済期間は(1)と同様とすると、初年度に支払う金利は15万円、元金は50万円、合計65万円が必要だ。そのためには6・5%の償却前営業利益を要する。従って、借入金がゼロであれば理論上では償却前営業利益がトントンでも良いとなるが、実際には厳しい資金繰りを余儀なくされることとなる。

 (3)借入金を売り上げが下回っている場合(借入金>売り上げ)

 仮に売り上げ1千万円、借入金1500万円とし金利・返済期間は(1)と同様とすると、初年度に支払う金利は45万円、元金は150万円、合計195万円となる。償却前営業利益は19・5%が必要となり相当に重い数字だ。

 (1)~(3)でお分かりの通り、旅館・ホテル経営に赤信号が点滅する大きな目安は、P/Lにおいて償却前営業利益が10%を割り込んだ時、B/Sにおいて売り上げが借入金を下回った時であり、その両方が出現した時には赤信号が点灯しっぱなしと考えてよいだろう。

 では、これらの経営不振状態をどうしたら脱却できるのか。目標値まで売り上げや利益を増やし借入金を減らすしかない。借入金についてはリスケジュールという方法はあるが、高じるとニューマネーの確保が困難となる。1歩踏み出して金融機関と債務減額の交渉を始めるという手もある。

 それでは、金融機関とのハードな交渉に必要なことは何だろうか。まずは、償却前営業利益を10%以上計上し「この経営者は必要な人材だ」と思わせることが必要だ。自ら身を切り場合によっては退陣の覚悟を示すことも必要だろう。信念と覚悟があれば必ず道は開ける。

 冒頭の「1本の電話」の話は現実にあったもので、1歩踏み出す勇気を持った経営者が極度の経営不振から復活した例は少なくない。そこには「努力」と「縁」と「運」が必ず存在する。

 ある人が言った「天空にはたくさんの神さまたちがいらっしゃる。八百万の神やギリシャ神話の神々が時空を超えて語らいながら駒を動かして遊んでいる。突然とんでもないところに動かしたり、倒したり、戻したり、投げたり、取ったり。この駒はいいとか、こいつはダメだとか、よく頑張ったとか、もうちょっと、なんていいながら遊んでいる」

 一緒に飲んでいたもう1人がそれを受けて「その駒が俺たちか。神さまチェス理論やね」としみじみつぶやいた。

 
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