【寄稿】新しい時代の旅は「余暇」から「与価」へ JTB総合研究所 主任研究員 早野陽子


 2020年、コロナ禍によって、観光産業も大きな打撃を受けました。「これからどうなるのだろう」という不安の中、JTB総合研究所では、2021年度より、観光産業の復活へ向けた指針を得るため、「新しい旅の兆し」を探るプロジェクトをスタートしました。

 初年度は、社会のマクロ環境や生活者の意識調査などをもとに、さまざまな分野の有識者とのディスカッションを繰り返し、今後の生活者の変化に関するキーワードとして、「より良いことから、より心地よいこと」に注目しました。

 「より良いことから、より心地よいこと」とは、具体的には、何を意味するのでしょうか。また、なぜ今、重視されるようになったのでしょうか。

 ここ数十年の日本を振り返ってみると、東日本大震災を始めとした地震や集中豪雨、猛暑などの自然災害が多発し、コロナ禍での行動制限などでも、閉塞感を感じる生活が続きました。さらにSNSの広がりや急速なオンライン化の流れは、人々に利便性をもたらすと同時に、「常時つながっている」ことによるストレスを増大させることともなりました。

 また、バブル崩壊以降、長期的に続いた経済の低迷や、コロナ禍で日常生活そのものが脅かされたことで、自分たちを取り巻く社会は「成長すること(より良いこと)」が前提ではなく、持続していくことすら危ういものである、ということを多くの人が実感しました。

 そのような背景から、人々は社会の基準ではなく、自分自身の基準で「より心地よい」ことを求めるようになったのだと考えられます。

 「心地よさ」とは、具体的にはどんなことを指すのでしょうか。インターネットアンケート調査のデータをもとに、「心地よさ」の心理構造を分析した結果、「場所との関係性における心地よさ」の要素としては、以下の六つの因子が重要であることが分かりました=図。

 (1)新しい発見や成長の機会がある(2)ありのままの自分でいられる(3)周囲との交流を通じて、受け入れられる、信頼関係を築ける(4)ゆったりした時間や空間がある(5)自分の世界観を追求できる(6)状況に応じて柔軟に変化できる。

 また、それぞれの因子の背後には、(1)飽きることなく長期的な関係性を保てる(2)ストレスなくゆったりとした時間や空間を持てる(3)「状況に応じて柔軟に自分の世界を作れる―の三つの潜在的な要因が隠されていることが示唆されました。

 「心地よさ」を旅の中で、どのように実現できるのかを探るため、22年度には、山形県の最上地域で実証実験を行いました。実証実験では、心理構造分析から得られた要因の中でも、「飽きることなく長期的な関係性を保てる」ことが関係人口の構築に重要であると考え、その構成要素である「新しい発見や成長の機会がある」「周囲との交流で受け入れられ、信頼関係を築ける」を盛り込んだ体験を提供し、心地よさの具現化を試みました。

 実証実験の結果、気分の変化を示す心理指標POMSでは、旅の前後の参加者の「怒り・敵意」や「混乱・当惑」「緊張・不安」といったネガティブな気分が減少し、「心地よい」環境が提供できていたと考えられます。

 また、参加者インタビューでは、一緒に食事作りをしたお宅を再訪したい、といった声が多く聞かれました。

 「周囲との交流の提供」という観点から考えてみると、今回は、料理上手でおもてなしの心にあふれる地域の素敵な女性のお宅を訪問させていただけたことが旅の満足度にもつながりましたが、一方で、特定の個人の魅力に頼っていると、いずれ限界が訪れたり、他の地域での横展開が難しくなったり、という問題が生じます。また、専門家や一般の人だけでは、会うために訪れても、常に会える時ばかりではありません。例えば、「aeru OSAKA」は、大阪の店舗をめぐる御朱印帖を持ち、魅力的な人との出会いを通じて、より大阪を好きになってもらおう、というプログラムです。御朱印帖には、それぞれの店舗の魅力を伝えるコンテンツも掲載され、自分と価値観を共有できるお気に入りの場所探しにもつながります。このように訪問すれば、必ず会いたい人に会える、自分のテイストに合う居場所を持てる環境づくりも、関係人口の創出には重要かもしれません。

 旅においては、「偶発的な出会いや体験」も魅力ですが、意図的に演出することが難しいコンテンツの一つでもあります。しかしながら、実証実験の結果、例えばテーマを絞ったツアーなどで、興味の範囲やライフスタイルなどが似ている参加者を集め、自由に動ける余白の時間を十分に作っておくと、ある程度の確率で偶発的な化学反応(思いがけない発見や心に残る出来事など)が生まれることが分かりました。

 また、今回、受け入れてくださった地域の人々からは、高齢化する中で毎年大変な作業となっている「雪囲い」を手伝ってもらい、とてもありがたかった、という声もありました。旅行者が楽しんで体験しながら、地域の課題となっている作業などを手伝い、相互扶助的な関係性を作れるようなプログラムを発掘していくことも、効果的かもしれません。

 従来の旅は、観光地などを巡り、「自分が持っている余白の時間を消費すること=余暇」が主であったのに対し、これからの旅は、「旅先の人々との交流の中で、お互いに価値を与えあうこと=与価」が「心地よさ」を生み、ひいては継続的な関係性の構築につながっていく可能性が感じられました。

 

 はやの・ようこ 自動車メーカーで市場調査、商品戦略づくりなどを手掛け、2004年から現職。心理学とデータ分析を専門とし、定性・定量の両方の視点から課題解決を行う。

 
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