温泉が地域づくりの拠点に
伊自良の里の地域づくりの拠点となっているのが温浴施設「伊自良温泉」だ。
平成8年に旧美山町の町営施設として開湯。美山町が福井市に吸収合併された後、同20年からは地域住民が立ち上げた「伊自良の里振興協会」が指定管理者となり、施設の管理、運営を行っている。
年間の利用者数はおよそ2万8千人。地域住民をはじめ、福井市の他の地域や越前市、大野市など、近隣のシニア層の利用が目立つが、その泉質の良さが評判となり、近年は県外客の利用も増えているという。
泉質は「ナトリウム―塩化物・硫酸塩・炭酸水素塩泉」。肌がつるつるになる「美肌の湯」とともに、全国的にも珍しい「脳卒中に効能のある湯」として人気を集めている。
さらに特徴的なのは、温泉の加温に薪(まき)ボイラーを使っていることだ。源泉温度が約31度と低く、従来は重油によるボイラーで源泉を加温していたが、脱化石燃料への機運の高まりや、地域の森林資源を有効活用する目的で、福井県内の温泉施設で初という薪ボイラーを平成29年に導入した。
域内の間伐材や家庭から出る庭木、廃屋の建材を燃料に利用。「間伐により里地、里山の境界が明るくなり、獣害対策になる」「地域住民から薪を調達することで過疎化を抑制する」「脱化石燃料、低炭素で地球温暖化抑制に貢献する」など、さまざまな効果が期待されている。
観光資源はほかに、「ふくいのおいしい水100選」にも選ばれた「こしょうずの湧水」、聖徳太子の立像をはじめ、多くの文化財が残る「聖徳寺」、樹齢600年のスギの大木が残る「樺八幡神社」など。
毎年5月5日は県の無形民俗文化財に指定される「じじくれ祭り」が開かれる。周囲の木の幹や枝、葉で作った「柴みこし」を域内で巡行。みこしに挿した花を最後に担ぎ手同士が取り合うというユニークな祭りだ。「じじくれ」とは「野山の春の気配に心が奮い立つ」という意味で、春の訪れに感謝する祭りとしてこの地に約千年伝わるという。
域内には観光客らを受け入れる農家民宿が4軒ある。そのうち2軒は中学校の教育旅行を中心に受け入れ。農業体験や家畜、家禽(かきん)の世話、そば打ち、自然散策など、“田舎”ならではの学びや体験を行ってもらっている。ほかは空き家を活用した民宿で、主に一般客を受け入れている。
教育旅行はコロナ禍直前の受け入れ開始と歴史は浅いが、既に関西の中学校などから約300人の受け入れ実績がある。1泊を伊自良の里とその周辺で、もう1泊を加賀温泉郷や金沢で、というのが今までで最も多いパターンだ。
コロナ禍前は台湾の高校生の修学旅行や国の国際交流事業など、インバウンドの受け入れも行っていた。アフターコロナを見据えて、今後はその誘致にも再び力を入れる。
「桃源郷のような、ちょっと人里離れたエリア。外の人たちを温かく受け入れる地域性もある。温泉、自然、文化、そして人との触れ合いを楽しんでもらい、心身をリフレッシュして明日への活力にしていただきたい」。伊自良の里・食と農推進協議会事務局の伊藤弘晃さんは地域についてこうアピールする。
伊自良温泉の外観