色彩の力による魅力的な地域づくり
地域の気候・風土と協調した個性を育て、自ら楽しむ
わが国では、かつて“騒色”と呼ばれ、建築物や看板などで野放図に色が使用されて、景観が台無しとなっていた時期があった。現在では、各種の規制や色彩に対する関心の高まりから、景観色についてかなり洗練されてきている。とはいえ、成功例や話題性に引きずられる形で色をはじめとする景観形成が決定してしまい、類似した風景が各地に出現してしまっている事例も少なくない。自然の色と人工建造物の色をどう調和させるか。地域活性化の切り札ともなる色彩の持つ力について、「地域に根差した色彩」を提唱している色彩研究家の吉田愼悟氏(クリマ取締役)に話を聞いた。
――地域活性化が取り上げられる中で、魅力的な景観づくりが重要視されてきています。
日本では重要伝統的建造物群保存地区で見られるように、地域で産出する木材や土壁等、地域の自然がつくり出した地場産材の色がまちの風景をつくってきました。このように地場産材がつくる統一感があるまち並みは世界各地で見られます。
私は以前フランスでまち並みの色彩調査を手伝った経験がありますが、フランスでは、今でも伝統的な景観を持つまちで多くの人が生活しています。自分の家を改装するときにも、以前からそこにあった色を大切にして塗料の色を選びます。
地域にはそれぞれ配色のルールがあり、まち並みに統一感があります。フランスでも日本でも、建築物の色彩は、基本的に地域の気候・風土の中で育てられてきたものです。それぞれの地域で暮らす人たちにとって、地域の気候・風土が育てた個性あるまちの景観は誇りともなるのです。
これまでのまちづくりでは、新しい流行の色でまちを染め、子供たちも喜ぶ遊園地的な面白いものをつくることが一般的でした。しかし海外に行った多くの観光客が見たものは、それぞれの地域の多様な個性だったと思います。早急なまちづくりの中で、流行に合わせてまちをつくり替えても時代が変わればすぐに色あせてしまいます。イタリアの小さなまちが美しいからといって日本にイタリアのまちのようなリゾートをつくっても日本の気候・風土の中では育ちません。
景気がよかった時代には海外のさまざまな様式を模した外観の建造物がつくられましたが、そのような場所が、今は閑散としていることも多いのです。
まち並みの個性は一時的な流行でつくれるものではなく、永い時間をかけてその地域に蓄積されたものを生かして育てなければいけません。
これまでの観光では、マイナスと見られ、隠していたものの中にも地域の本当の個性が残されていることも多いのです。その本当の個性に気が付いて育てていくことが、これからの観光をリードしていくでしょう。
――景観条例と色との関係で具体例や成功事例は何でしょうか。
兵庫県では1980年代から地域の景観色を育てる試みを始めました。私たちが色彩調査を行って、色使いのルールを提案した初期の事例に豊岡市の出石町があります。ここでは昔から使っていた赤土壁のまち並みが残されていました。私たちはこの赤土壁の色域を特定し、建材が替わってもこの色域を守り育てていくように提言しました。その後、兵庫県は出石町を景観形成地区に指定して景観整備を進め、多くの観光客が訪れるようになりました。
兵庫県では出石町の他にも伝統的なまち並みの色彩調査を行い、景観形成地区の指定を増やしていきましたが、城崎や丹波篠山もそのときに景観が再生されています。
また関東圏では神奈川県の江の島も岩肌色を生かしておみやげ屋さんや民宿の色彩を調整して、景観を再生しましたが、これも景観形成の成功事例でしょう。江の島でも環境色彩調査を実施し、島の自然景観を楽しめるように、バラバラだった建築の色彩を整えました。さらに派手な原色を使っていた広告看板や日よけテントの色についてもルールをつくり、自然景観を含む島全体の景色が印象的に見えるように色彩の整備計画を立てました。色彩基準を策定し、運用していくことは、その後の景観法施行の中でさらに強化されています。
――観光客にとって魅力的な景観とはどういったものですか。
観光客が訪れた土地が、個性的であることが重要です。そして個性的な魅力をつくるためには、まずはその土地の歴史や風土を知ること、そして、そこで暮らす人たちが、その知識を持って、地域の気候・風土と協調した個性を育てることを楽しむということが大切です。観光客のためではなく、基本的には自分たちでその地域を楽しみ、その楽しみを観光客が知ることで地域の魅力が増します。
――地方の過疎化が進む中で、地域活性化につながる色彩の効果とは何でしょうか。
過疎化が進むまちにも必ず魅力があります。その魅力を生かす創造性が大切です。クリエイティブな地域の暮らしを楽しんでいると、それを見てその地域に住んでみたいという人がきっと現れます。
これは横須賀市の例ですが、横須賀市でも谷戸地に住む人たちが高齢化して、過疎化することが問題になっています。そんな中で不便な地域に建てられ、住む人がいなくなっていた住宅をアーティストに貸し、現在さまざまな活動を行っています。この場所での暮らしを見ると、住まい方の自由度が広がり、新しい可能性に挑戦してみたくなります。
一般の住宅地では、個人の住宅とはいっても勝手に原色を塗られては困りますが、このような、森に囲まれたアーティスト村では実験的な色使いが出てきても良いと思います。色彩も一律に決めるのではなく、その地域の住民の活動から生まれてくる色使いは、新たな地域の個性をつくる可能性があります。
――地域にある古民家や廃校など建物再生における色彩計画の効用についてはいかがでしょう。
基本的には外観はまち並みと調和させ、インテリアの色彩は自由で良いと考えています。日本ではマンション等も外観は流行を取り入れて新しさを強調しますが、インテリアは同じような間取り、同じような色で個性がないということが多いように思います。住まい手がもっと自分の色が楽しめるインテリアであった方が良いでしょう。最近は昭和の建物も歴史的な建物として波板トタンの工場等もうまく改修して面白く住むことも増えていることは良いことだと思っています。
また以前、北海道の夕張のまちの色彩調査を行ったことがありますが、そこで山の中に建ち並ぶ炭鉱住宅を見ました。同じ形で同じ色で建ち並んだ住宅はちょっと異様な風景で、案内してくれた行政の人もあまり見せたくはないといった感じでしたが、私はそこで新しくつくられていた大規模な遊園地よりも、炭鉱住宅をずっと魅力的に感じました。地域ではマイナスイメージを持ったものでも、その地域の歴史を物語っており、また、古くなり廃墟となっていく感じも、その場所の個性として強く記憶されました。
――自然は色のお手本といわれますが、農地の役割はどのようなものでしょう。
自然界では、彩度が高い目立つ色は基本的には生きているものが持っています。そして大きな動かない大地は、変化する色の見え方を支える低彩度色です。このような自然界での色の在り方と対応して考えると、まずは畑に植えられた作物の色の変化が生き生きと感じられることが農地の魅力です。自然が減少している都市においては、四季折々に変化する農地の存在は貴重です。
私は、変化する色が印象的に感じられるように、ミカン畑で使っていた真っ青なネットの色を畑の土色に替える提案をしたことがあります。ブルーシートではなく、茶色のアースカラーシートをつくってもらったこともあります。
また、自然界でも動く比較的小さな鳥やチョウや花が色を持っているように、近代的なトラクターや農薬を散布するドローンなどは、鮮やかな色であってもよいかもしれません。
――改めて景観における色彩の役割が重要であると認識を深めました。
以前に比べれば景観の整備は進んだと思いますが、日本ではまだまだ個々の色の主張が勝ち過ぎていて、都市部では騒色は増えているかもしれません。乱雑な色がただ増えても都市ににぎわいが増すわけではありません。美しさと秩序を併せ持つ自然の色使いの巧みさに学んで、それぞれの地域性に合った人工物の色をデザインしなければなりません。個々の色が美しく、それらが集合したときにも統一感を感じる地域ごとの環境色彩計画を確立するべきでしょう。
吉田氏