【専門紙誌5社共同企画】各紙誌の視点で見る東日本大震災からの復興 震災を風化させない 観光経済新聞


南三陸ホテル観洋の阿部隆二郎副社長(左)、阿部憲子女将。バックに写っているのは館内に展示している震災関連のパネル

語り部バスやシンポジウムで

 宮城県南三陸町の「南三陸ホテル観洋」は、東日本大震災の被災地を巡る「語り部バス」の運行や、「全国被災地語り部シンポジウム」「東北被災地語り部フォーラム」の開催など、「震災を風化させない」取り組みを進めている。

 同ホテルは宮城県で長く水産業を営む「阿部長商店」が運営。観光事業に1970年代に進出し、創業者の阿部泰兒氏がその絶景に感銘を受けるとともに、防災・減災を考えて、志津川湾を望む強固な岩盤の高台にホテルを建設したものだ。その先見の明で、震災当時は多くの住民らを避難所として受け入れるなど地域の重要なインフラとして機能している。

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 ホテルが運行する語り部バスは、震災遺構として保存されている建物など、震災の爪痕が残るホテルの周辺を語り部の案内で巡るもの。約60分の「通常コース」を毎日、朝8時45分から運行するほか、より詳しい説明を伴う90分の「特別コース」を用意。震災があった2011年の8月から始め、13年間で延べ47万人以上が利用している。

 主な語り部は実際に震災の被害を受けた同ホテルのスタッフが担い、バスの車中や見学地で当時の様子を実体験を交えて語っている。「町の様子を見て回るだけでは分からない実体験、教訓を伝え続けている」と同ホテル。

 一方、語り部シンポジウム・フォーラムは、自然災害の被災地域の関係者らが集まり、震災の様子や教訓を伝える語り部の意義や今後の方向性をパネルディスカッションや分科会を通して語るもの。シンポジウムは2016年、フォーラムは2017年に初開催。直近の第9回シンポジウムは今年2月25、26日、同ホテルで開催され、全国から約200人が参加した。

 「旅行は『楽しい所に行く』ことが一般的ですが、私たちは防災減災の意識を高め、『学び』をキーワードに交流人口の拡大を図ろうと、この語り部バスに力を入れてきました」「シンポジウムとフォーラムは、語り部の資質向上や、被災地同士のネットワーク構築、そして実際に起きたことを後世に正しく伝えようと始めたものです」と同ホテル女将の阿部憲子さん。

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 2011年3月11日午後2時46分。女将の阿部さんはホテルの地上階5階にあるロビーラウンジで顧客との打ち合わせをしていた。その最中、「今までにない大きな揺れ」に見舞われた。スタッフが各フロアを巡り、滞在していた客らを避難場所に設定していたホテルの駐車場に誘導。その後、余震が続いたため、ホテルよりもさらに高台にあり、海から離れているホテル運営の保育園兼女子寮に誘導した。

 阿部さんはスタッフ数人とともに、施設に異常がないかを確かめるためホテルで待機。しばらくして津波に襲われた。

 「引き波のあと、水平線が盛り上がるように海の様子が変化し、そのうちに大きな波がバーッと襲ってきました。雪がちらつくなど視界が良くなかったのですが、波をかぶり、土煙が上る町の中心の様子を確認できました」(阿部さん)。

 高台の強固な岩盤の上に建つ同ホテル。地震による被害はほぼなかったものの、大浴場があった2階まで津波が襲った。「5階のラウンジにいて、今まで聞いたことがないような音が下から聞こえてきました。2階に下りると強化ガラスが割れて、浴場は変わり果てた姿になっていました」。

 1、2階が被害を受けたものの、3階以上は「グラス一つ割れなかった」ほど被害がなかった。その中で町の人たちが次々と避難をしてきた。初日に350人、2日目に600人が滞在。スタッフはこれらの人々に食事を提供したほか、無事だった4階の浴場を開放するなどその支援に献身的に務めた。

 「お客さま、地域住民の方々が最優先です。おにぎりが1個しかなければ半分にして配ります。我慢してもらうことがあるかもしれませんが、譲り合いの精神で頑張りましょう」。限られた食料の中でやりくりをしなければならない中で、阿部さんはスタッフを鼓舞。スタッフもその声に応えた。

 3月17日までに全ての宿泊客が帰路に就いたが、家を失った住民やスタッフら600人がしばらく滞在した。工事関係者らを含めて千人がホテルに滞在。先が見えない中で「部屋の中に引きこもる人をつくってはいけない」「みんなに仲間のように過ごしていただきたい」と、館内でさまざまなイベントを催した。音楽コンサート、芝居、落語、編み物教室―と、ボランティアとの連携で、2年間で600回。「それ以降は数えていないのですが、皆さんが笑顔になったり、滞在する人々のコミュニティづくりにもつながりました」と阿部さん。

 「子供がいなくなると地域の復興の担い手を失ってしまう」と、寺子屋やそろばん教室、英会話教室と、館内で子供向けの教育プログラムも行い、そろばん教室は現在も継続している。

 (観光経済新聞)


南三陸ホテル観洋の阿部隆二郎副社長(左)、阿部憲子女将。バックに写っているのは館内に展示している震災関連のパネル

 
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