【山崎まゆみの「ちょっと よろしいですか」15】福島の旅館に外国人がやってくる 温泉エッセイスト 山崎まゆみ


 福島県土湯温泉の人気旅館山水荘の新規施設として、昨年末にグランドオープンした話題の「YUMORI ONSEN HOSTEL」。

 オープン間もないのにたちまち人気旅館となった理由は、訪れればすぐに分かります。館内では黒髪美人が爽やかな笑顔で迎えてくれて、その先にあるのは木目を基調とした明るく、清潔感ある広いラウンジ。壁一面にある本棚には旅心をくすぐる本のラインアップ。手前にはキッチンがあるので、ここで料理ができそう。こだわりのコーヒーやクラフトビールも頂けるのもうれしい。燦燦(さんさん)と陽の光が差し込む大きな窓際には、ごろんと寝ころびたくなる大きなソファー。日がな一日を過ごすには絶好の、基地にしたくなるような空間なのです。

 ソファー前には世界地図が掲示されていました。よく見ると、宿泊された外国の方が自国をマーキングしたもので、オープンからわずか3カ月だというのに、34カ国からのお客さまの足跡がありました。

 大浴場や貸し切り風呂もあるので、もちろん温泉も楽しめる宿泊施設。けれど普通の旅館じゃありません。

 30室の客室は6タイプに分かれ、そのうち一部屋は5台のベッドが備わったドミトリー式。一般客室の他に、バリアフリータイプの客室もあります。 

 食事はキッチンで自炊か、外食。食事を出さずに旅館としてのサービスを極力抑えた分、宿泊料金はとても安い。ドミトリーの部屋は1泊3500円ゆえに、大学生や女性のひとり旅に大人気で、3泊から4泊していくお客さまも少なくないそうです。

 YUMORIのコンセプトを考案した山水荘役員の渡邉利生さん(31歳)はこう言います。「若い人が旅館に泊まるには、宿泊料金が高いんです」

 時代が求めている要素を全て備えた新しい試みです。

 YUMORIが誕生するまでには背景もあります。震災後、それまで16軒あった土湯温泉の旅館のうち6軒が、廃業や休館に追い込まれました。山水荘に行く道すがらの旅館も倒産し、そこを山水荘が購入しました。

 「当初は、復興の作業員のための宿泊施設としていました。2017年になって、どんな宿にしようかと考えた時、真っ先に思い浮かんだのが、『もっと若い人にも気軽に温泉旅館を楽しんでほしい。温泉街にも出てもらって、土湯温泉の活性化につながればいい』ということでした」

 これは東日本大震災の後、ふるさとのために何かをしたいという熱い思いを胸に土湯温泉に帰って来た若い渡邉さんだからこそのお考えです。

 これからYUMORIがもっと話題になるとすれば、きっと、迎えてくれた黒髪美人の渡邉萌マネージャーの存在が大きいでしょう。萌さんに会うことを目当てに、国内だけでなく、海外からもお客さんがやってくるのが想像できます。カジュアルな装いの萌さんが持つ空気感は、従来の女将とは違います。もっとお客に寄り添った、まるで友達のような親しみある笑顔が素敵な女性だからです。

 いま、国内の集客やインバウンドも、SNSでの発信力がものを言うと思われがちです。確かに発信しなければ見つけてもらえませんが、特に外国の方はご自身でよくリサーチしています。本当に行きたいと思う場所、利用したい宿泊施設であれば見つけてくれるのです。それが口コミで広がるという幸せの連鎖につながります。「YUMORI」が福島のインバウンドを担う日も来ることでしょうし、国内需要もますます増えるでしょう。 (温泉エッセイスト)
       

 
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