マスメディアがこぞって温泉特集を企画しています。湯けむり漂いはじめるこの季節は、私の繁忙期です。
最も多い特集テーマは「絶景」や「美食」、あとは「ひとり旅」も増えてきました。昨日もある30代~40代の働く女性が読む雑誌で“女ひとり温泉”の打ち合わせをしてきました。
ひとり温泉は主に二つのタイプがあるように見受けます。熟年の男性が好むひとり温泉は湯めぐりや散策を旺盛に楽しみ、働き盛りの女性が選ぶそれはあえてアクティブにはならない時を過ごす。例えば、本を読む。
個人的な好みで言えば、私のひとり温泉はまずは書棚からその旅先を描いた「街道をゆく」(文庫)を探し、旅先への想いを馳せ、旅バックの中に入れることから始まります。
宿に滞在中は、温泉に浸かり、部屋に戻ってから畳の上に寝ころび、座布団を四角くたたみ、うず高くして、持参した文庫を手にします。ついうたた寝。目が覚めたらまた温泉へ。これを繰り返します。
温泉を舞台にした小説も持参することがあります。「草枕」(夏目漱石)は熊本県玉名市小天温泉を舞台にお風呂の場面が幾度もある。「温泉宿」(川端康成)は温泉でのエロティックな冒頭が印象的。伊豆半島の湯ヶ島温泉で主人公の少年が共同浴場へ向かう「湯道」を駆けてゆく風景や少年が湯に入る様子が鮮明な「しろばんば」(井上靖)。任侠専用の温泉リゾートホテルという設定で描かれる人間喜劇の面白さの「プリズン・ホテル」(浅田次郎)。
移動中は軽いエッセイを読みます。小説のような世界に入り過ぎて、乗り過ごさないためです。最近のお気に入りは「壇蜜日記」(壇蜜)シリーズです。
温泉宿にライブラリーがあれば嬉しいですね。そのライブラリーにそこでしか知りえないような郷土本があれば、なお嬉しい。その土地を知れば、より味わい深い旅ができるからです。また再訪するきっかけになりますので。
ひとり温泉のニーズが増えてきています。ライブラリー併設もぜひご検討ください。
(温泉エッセイスト)