群馬県中之条町といえば、四万温泉や沢渡温泉といった江戸時代から愛されてきた全国にも名を馳せる名湯があります。比べると、同じ中之条のたんげ温泉美郷館は創業25年と日は浅い。
けれど、経営母体となるのが高山林業ゆえに、ぜいたくに木材を使った館内は、まるで木の美術館のよう。玄関から客室の天井に至るまで、木造建築の匠の技を眺める愉(たの)しみに加え、美郷館ならではの感動は館内の空気のおいしさ。山峡の一軒宿というロケーションの外の空気よりも、館内の空気が清冽(せいれつ)のような気がする。生木が浄化しているのでしょうか。木を感じ入る旅館なのです。さらに客室18室の規模に対して、貸し切り風呂を含む個性的なお風呂が6カ所あり、お風呂を愉しむ旅館でもあります。
美郷館のご主人の高山弘武さんは、今年の1月からバイオマスボイラーを導入しました。それは、よく乾燥させた細かい木片(チップ)を燃やしてバイオマスボイラーから温泉の加温、給湯ができます。
現場に案内していただきました。敷地内に、深さ3メートル横5メートル縦10メートルの穴があり、そこに燃料となる木材チップが詰まっていました。ヒノキ、スギ、ナラ、ケヤキ等の木材を水分30%までに乾燥させた、2~3センチの正方形の軽いチップです。この穴には10トントラック1台分の木材チップが入ります。美郷館では約15日間使用できる量です。
このチップをオーストリア製KWBバイオマスボイラー2台で燃やします。インターネットを経由して遠隔監視や操作ができるため、高山さんは出張先でもスマホでボイラーを管理しているそうです。あまりにも便利で驚きました。
スタートして2カ月が経ちました。「これまで34、35度のぬる目の源泉温度を熱交換で人が入る適温にしていましたが、バイオマスにしてから温泉が冷めにくくなりました」。
続けて、「初期投資は大変ですが、これまでの灯油や電気代を考えれば、運用にかかるコストは寒い冬季はとんとんですが、暖かくなってきた春は利益が出ています。宿の仲間たちは灯油代の負担で厳しい経営状況に置かれることが多いので、仲間たちにもメリットを話しているんですよ」。
さらに「灯油を燃やすよりも、木材を燃やす。その木材を得るために間引きをする。最終的には森を生き返らせる、そんな仕組みをつくりたい」と、50年後の森の未来まで語る高山さん。林業の家で生まれ育ち、木の力を知る高山さんならではの言葉です。
次世代のエネルギーを考える際に、この取り組みはこれから注目されます。高山さんは視察も受け入れています。その際には、美郷館の湯に浸かり、ぜひ、宿泊してください。
(温泉エッセイスト)