
今年は少しずつ身の回りを軽くしていこうと思い、いろんなものを整理してゆく中で1本のワインを発見した。今から30年くらい前に夫婦でシャトーを訪ねた際に買い求めた1978年の赤ワイン。
エチケットを見ていると、さまざまなことが頭を駆け抜けてゆく。楽しかったことやつらかったこと、たくさんあると思っていたお金があれよあれよという間に借金の山に変わったり、いつの間にか離れていった人や新たに出会った素敵な人たち、民事再生、寺男修行、転職、起業、ありがたいことに1人増えた家族と一緒に何とかやってきた。
生活環境が変化するたびにワインの保管場所も、業務用保管庫から家庭用ワインセラーへ、セラーもなくなり木箱へ、高温多湿・低温乾燥。引っ越しのトラックに揺られること数度。環境の変化を人間と一緒に潜り抜けてきたワインではある。
コルクが飛び出しそうになっていたこともあったので、中身は大丈夫かなといった具合。存在すら忘れていたこともあったが旧暦の新年ということでもあり、思い切って開けてみることにした。飲める状態ではないかもしれないなという思いと、何とか頑張ってくれているはずとの思いが交錯する。丁寧に慎重に栓を抜く。30年前の異国の空気とともにとてもいいにおいが漂った。ちゃんと生きている、こいつはすごい。
半世紀近く前に収穫され、うまいワインとなることを宿命づけられた葡萄(ぶどう)たちを源とし、たくさんの兄弟姉妹の中から縁あって出会ったこの1本。さまざまな出来事があったにもかかわらず、うまいワインとなって出会った人間に幸福をもたらすという使命を完全に果たしてくれた。環境の変化に逆らうでもなく従うでもなく、自らを熟成させ続けることだけに本気で取り組んできたのだと思い知った。
既に2カ月余りが過ぎた2025年は、予想通り国家国民にとって重要な年となることは間違いないようだ。私たち一人一人が国民としての当事者意識をもって行動し決断することが求められもするだろう。
しかし、取り巻く環境は厳しい。経済も教育も国土安寧もすべてが正念場であり越えなければならないハードルは無限にありそうだ。
旅館ホテル業界にとっては、円安による訪日旅行者の増加や大阪万博などの国家イベントもあり明るい兆しはあるものの、価格競争の激化、後継者不足、建物・設備の老朽化に加え、コロナ化で据え置かれたかに見えた不良債権処理の活発化が予想されることなど、経営の根幹を揺さぶる難問が待ち構えている。これまで以上に経営者の決断力が問われることは間違いない。
しかしそれでも、1人の人間としてはどんな状況にあっても、大きな流れを感じとり、時には身をゆだねながら、使命を全うするために自らも変化熟成を重ねてゆく。そんな日常を積み重ねることができたら素敵だなあと思った。葡萄のお酒を愛でつつ夜は更けてゆく。
(EHS研究所会長)
(観光経済新聞2025年3月3日号掲載コラム)