【特集】「育業」を推進する東京都 先進的企業・リゾートトラスト株式会社の事例に学ぶ


育児と仕事の「両立」支援

 

 東京都は、育児休業の愛称「育業」を発表し、育児は「休み」ではなく「大切な仕事」と考えるマインドチェンジを進め、「育業」を社会全体で応援する気運醸成に取り組んでいる。この特集では宿泊業の育業推進のための先進的事例として、男性スタッフへの育業の奨励のための会社独自の育業支援制度を充実させているリゾートトラスト株式会社の取組を紹介する。同社の人事担当者・須田悠太さんと、支援制度を利用して子育て中の菅原綾香さんにお話を伺った。

 

先進的企業事例に学ぶ  リゾートトラスト株式会社

■人事担当者インタビュー(人事企画部企画戦略課 課長・須田悠太さん)

男性スタッフの「育業」推進

「育業」から働き方見直し 宿泊業の人材定着にも

 ――男性スタッフの「育業」を推進する理由は。

 男性に限ったことではなく、お客様と接することがメインの業態ですので、スタッフ一人一人が当社の商品、財産です。スタッフに活躍してもらうため、男性も、女性も、子供がいる方も、いない方も、ライフイベントと両立して働き続けられる環境が欠かせません。その中で育児と仕事の両立支援については、法定の制度に加え、会社独自の制度を充実させてきました。かつては出産、育児を契機に、女性スタッフが離職してしまうケースも少なくありませんでした。女性に働き続けてもらうため、また、そこには配偶者である男性の育児という課題もありますので、女性はもとより、男性スタッフへの育業を奨励しています。

 ライフ・ワーク・バランスといわれるように、家庭と仕事の両立、育児と仕事の両立が必要です。休暇を増やすというより、育児や介護などのライフイベントと両立して働き続けられるよう、両立を支援するというのが基本的な考え方です。全てのスタッフが仕事にやりがいを持って働き続けることが会社の成長にもつながると考えています。

 

 ――男性の「育業」に関する御社の支援制度について教えてください。

 当社では男女問わず最長3歳前日まで育業することができます。特に、男性スタッフへの育業を奨励する制度としては、短期育児休業制度「はぐくみ休暇」を2017年から導入しています。これは、子供が1歳半になる日までの間に7日以内の育業を申し出た場合にその期間を有給休暇とする制度です。男性の育業取得率が伸びない理由の一つに収入への影響がありましたが、給与が100%支給されます。期間については7日以内でなく、もっと長いのが理想だとは思いますが、最初からハードルを上げてしまうと、育業するスタッフも、給与を出す会社側も踏み出しにくい部分があります。実際に取り組みやすい制度からスタートすることが重要だと思います。

 

 ――男性スタッフの育業の状況は。

 2017年度ごろから育業を奨励する取組を強化してきましたが、もともとの男性スタッフの潜在的なニーズもあり、うまく滑り出すことができ、育業した人数、育業取得率ともに伸びています。2023年度は、育業した男性は、はぐくみ休暇を含めて75人で、男性の育業取得率は66・4%でした。育業期間の平均が19・1日です。実際に育業して良かったという声が男性スタッフから上がり、それが広まった形です。育業取得率の2027年度の目標は85%。営業職スタッフでは100%を目標に掲げています。日数についても、今後も伸ばしていきたいです。

 

 ――育業取得率や育業期間を伸ばすためのポイントは。

 当社にはいろいろな業態、部署があり、一概には言えませんが、一つには現場における上司の理解があると思います。育業への理解に加えて、その上司本人が実際に育業を経験したことがあると、その部署では育業しやすいということはあるでしょう。管理職になる前には、コンプライアンスを中心とした研修がありますが、その中でも育業などについて理解が深まるようにしています。また、配偶者が妊娠、出産した男性スタッフに対して、上司から制度の説明を行うなど、育業を促す取組も行っています。

 スタッフに対する会社の支援制度の周知にも力を入れています。社内の支援制度をまとめた「育児のための両立支援ハンドブック」を作成して配布しているほか、会社の制度内容をPRして男性スタッフに育業することを呼び掛ける啓発ポスターも社内に掲出しています。

 育業した人数や育業取得率が着実に伸びる一方で、育業期間を伸ばすためには課題もあります。例えば、「はぐくみ休暇」では有給休暇を手当てする会社の財源の問題も関係してきます。育児を支える環境の充実には、行政の支援などを含めて、社会全体として取り組むべき課題が多くあると思います。

△男性社員に育業を呼び掛けるリゾートトラストの社内掲示用ポスター

 

 

 ――「はぐくみ休暇」以外の育児両立支援制度は。

 男女を問わない制度として「育児短時間勤務制度」があります。小学校3年生以下の子供を養育するスタッフが育児のために1日の所定労働時間を6時間に短縮できる制度です。会社が認めた場合は小学校6年生以下の子供まで対象にすることができます。この制度の対象となるスタッフの声を踏まえ、4月からは、働く時間を4時間、5時間、6時間、7時間から選べるようにします。女性スタッフの利用が多い制度ですが、7時間といった選択肢も設けることで男性スタッフの利用も増えるのではないかと考えています。

 この他に「ベビーシッター制度」では、小学校3年生以下の子供を養育するスタッフを対象に、ベビーシッターを利用するための入会金や年会費などを会社が負担しています。

 

 ――営業職のスタッフなどと比べると、ホテルの現場スタッフの育業には課題が多いのでは。

 ホテル業務の特性を考えると、課題がないとは言えません。ホテルの運営には、フロント、レストランなど、この時間に、この場所に何人必要だというところがあります。1日の中でも一般的に朝と夜が人手を要するピークタイムですが、この時間は育児のピークタイムでもあります。どう仕事を回していくか、どういう働き方をすればいいのか、あるいは営業形態自体を含めて、そこが課題で、業務の見直しに取り組む必要性はあると思います。例えば、当社のホテルでは、「中抜け」勤務(宿泊客のチェックアウト後からチェックイン前までが休憩となるなどの宿泊業などに見られる勤務形態)ゼロを目指しています。業務を細かく切り出し、スポットで働く方などの力も生かすことで成果を上げています。社会的に育児がテーマアップされる中で、有給休暇を含めて育児しやすい環境をつくらないと、これからは労働力を確保できない。それには「宿泊業だから仕方がない」と言ってはいけないと考えています。

 

 ――「育業」を推進したことでスタッフの働き方に変化は。

 私は上司としての経験から、男女を問わず、育児と仕事の両立に直面しているスタッフは、より仕事を効率よく進めるために様々な業務改善に前向きであるように感じることが多いです。育児に伴う時間的な制約があり、どうしても早出や残業できないなどの事情もあるなかで、自身のキャリア形成も実現するために、様々な工夫をしていただいていると感じます。結果として、「育業」の推進は、取組方次第で生産性の向上、会社の業績アップにつながる可能性も持っていると思います。

 「育業」に取り組んだことで、実際に当社では人材の定着率が上がっています。女性スタッフの出産、育児を経ての復職率は今ではほぼ100%に近い状況です。男性スタッフへの育業の奨励を含めて、こうした取組の積み重ねが、会社の成長につながると考えています。

 

 ――宿泊業界として「育業」にいかに向き合うべきだとお考えでしょうか。

 今、宿泊業界にとっての大きな課題は、いかに労働力を確保するかだと思います。ライフ・ワーク・バランスに重きが置かれる社会の中で、育児など家庭との両立が実現できないと、働く先として選ばれなくなっていきます。宿泊業には業態として柔軟な働き方を許容しづらい面はありますが、働き方の見直しを進めるしかありません。宿泊業界は、スタッフが家庭と仕事、育児と仕事を両立できるよう支援し、もっと人材が集まる産業にしていかなければならないと考えています。

■社員の声(人事部横浜人事労務室人事労務課 主事・菅原綾香さん)

「育業」制度を利用 上司の後押しが大切

 私は6カ月の育業を経て、2022年4月に、子供を保育園に入れて復職しました。復職した部署内にお子さんをお持ちのスタッフが非常に多いので、とても温かく迎えていただきました。復職前には上司との面談があり、家庭や育児の状況をお話し、復帰後の仕事内容などもしっかり説明していただきました。

 フルタイムで復職しましたが、フレックスタイム制度を最大限に活用し、8時から17時までの勤務を選択しています。現在もその時間帯で勤務しており、朝は夫が子供を保育園に送り届けていますが、夕方は私がお迎えに行きます。そのため、毎日、17時ぴったりに退勤させていただいています。

 夫も当社で働いており、出産してすぐに「はぐくみ休暇」の7日間と有給休暇を合わせて計10日間ぐらい取りました。夜泣きに対応してもらったり、かなり助かりました。新生児の子育てというのはその時しか味わえないものです。子供の成長は一瞬なので、育業して子供と一緒にいられる時間が増えるというのは本当にいい制度だと思います。

 私の復職に当たっても、2022年4月の1カ月間、夫は育業しました。その1カ月は夫に慣らし保育をお願いし、夕食も作ってもらえて、とても助かりましたし、とても幸せでした。育業については、夫婦話し合いのもと、別にどちらかが求めるというわけでもなく、夫がすると言ってくれました。

 ホテルの現場で勤務されているスタッフの間でも、短時間勤務制度を活用するなど、育児との両立を支援する会社の制度を利用する方が増えているようです。

 「育業」を推進する上でのポイントは、やはり上司の考え方ではないかと思います。私は元々は営業職でしたが、当時の部門トップである役員の本部長が「はぐくみ休暇」を取るよう男性スタッフに積極的に呼び掛けていました。こうした上司がいると、安心して育業することができますね。

リゾートトラストの会員制リゾートホテル、東京ベイコート倶楽部ホテル&スパリゾート(東京都江東区)

◆リゾートトラスト株式会社◆
本社 愛知県名古屋市中区東桜2-18-31
東京本社 東京都渋谷区代々木4-36-19
代表者 代表取締役ファウンダー 伊藤與朗氏 グループCEO(グループ最高経営責任者)/代表取締役会長 伊藤勝康氏 CEO(最高経営責任者)/代表取締役社長 伏見有貴氏 COO(最高執行責任者)
従業員数 8404人(リゾートトラスト(株)を含む連結子会社19社合計)
事業内容 会員権事業、ホテルレストラン事業、ゴルフ事業、メディカル事業、シニアライフ事業など
事業所施設 本社2カ所、支社4カ所、リゾートホテル・シティホテル等国内42カ所、ハワイ1カ所、ゴルフ場13カ所、メディカル13カ所、シニアレジデンス23カ所

 

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 育児休業の愛称「育業」。育児は「未来を担う子供を育てる大切で尊い仕事」です。業務にチームワークが重要であるように、育児には周囲の協力が不可欠で、育児休業には職場の理解が必要です。育児休業は皆で協力し合う「育業」です。

 

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〈企業経営者・人事担当者の皆様〉

育業応援ハンドブック~先進的企業事例に学ぶ~

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 独自の育業支援制度などの先進的な取組事例や育業のメリット、育業推進に向けた具体的な手順等を掲載しています。
・先進的な取組事例(経営トップによるメッセージの発信等)
・育業推進に向けた取組手順(フローチャート)など

 

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