
市観光のさらなる活性化へ意見を述べる3氏(松山市役所で)
「にっぽんの温泉100選」2位を入選を機にさらなる活性化へ
観光経済新聞社主催「にっぽんの温泉100選」で昨年度、過去最高の2位にランクされた道後温泉をはじめ、観光資源に恵まれた愛媛県松山市。「道後温泉本館」の5年半ぶりの全館営業再開など話題も豊富で、国内外の観光客で連日にぎわいをみせる。同市の観光をけん引する官民トップ、松山市の野志克仁市長、道後温泉旅館協同組合の奥村敏仁理事長(大和屋本店社長)、道後温泉誇れるまちづくり推進協議会の宮﨑光彦会長(宝荘グループ社長)に「松山市・道後温泉の観光振興・温泉まちづくり」をテーマに語っていただいた。
――松山市の観光の現状についてお伺いします。
野志 松山市は、第3次産業に従事している方の割合が約8割です。交通業界、宿泊業界、飲食業界など多くの方が携わり、松山市の観光産業を支えていただいています。
道後温泉本館は、保存修理工事を経て、去年7月、約5年半ぶりに全館営業再開しました。奥村理事長や宮﨑会長はじめ地元の皆さん、工事施工者の皆さん、多くの関係者のお力添えのおかげです。心から感謝申し上げます。
本館での入浴を待っていた大勢の方にお越しいただき、年末までの約半年間で、道後温泉3館の入浴客数は50万人を超え、年末年始の主要な観光施設1日当たりの入込客数は、速報値で前年と比べ約24%増、コロナ禍前の2020年と比べても4・6%増えています。
今年1月に発表したPRポスター「ご名湯~!」は、写真家の浅田政志さんに撮影いただきました。「道後温泉のお湯の素晴らしさ(名湯)」と「道後温泉に来て大正解です(名答)」の二つの意味を含んでいます。また地元・道後の方々のあたたかさや人情味、道後温泉のにぎやかで楽しそうな雰囲気を表現しています。
こうした情報発信や、本館、別館飛鳥乃湯泉(あすかのゆ)、椿の湯にお得に入れる3館周湯チケットが好評で、道後地区へ誘客や回遊性を高めています。
――市の観光振興、魅力あるまちづくりに向けた行政・民間の事業と、その成果は。
野志 道後温泉は古事記や日本書紀にも登場し、3千年の歴史があり、日本最古の湯といわれています。その中心、道後温泉本館は明治27年、当時の道後湯之町の初代町長、伊佐庭如矢さんが、100年先もまねのできないものをつくろうと改築したものです。
120年がたち、だいぶ傷んできて、直すには、営業しながら工事をして11年かかると、平成18年に分かりました。
平成22年に、松山市長に就任させていただき、前の仕事はふるさと松山にある、南海放送という放送局のアナウンサーを20年していましたので、取材経験で得た知識を道後のまちづくりに余すところなく注ぎ込みました。地域の方にもいろいろお話を聞かせてもらい、皆の努力で、約5年半の工期で、全館営業再開ができました。
「ピンチをチャンスに変えるんだ」という強い気持ちで、工事に踏み切り、知恵と工夫で地元の皆さんと、この期間ならではの魅力を創り出し、地域経済への影響もできるだけ小さくしました。
工事中の本館全景を眺められる眺望スポットとして展望エリアに足湯や休憩所を新設するほか、工事見学会を開催する一方、2017年12月、本館から歩いて2分の場所に、新たな温泉施設「道後温泉別館飛鳥乃湯泉」を建設しました。
外観は、飛鳥時代の建築様式を取り入れた湯屋がコンセプト、内装は、愛媛の伝統工芸士や匠の皆さんの作品を展示や装飾し、2018年度グッドデザイン賞を受賞しています。
特に「アート」の取り組みは、とりわけ女性に支持され、新たな観光客の掘り起こしにもつながりました。
道後温泉本館が2014年に120周年、大還暦を迎えたのを記念し、温泉とアートを組み合わせ「道後オンセナート2014」を開催したのを皮切りに、10年間、アート事業を継続してきました。道後アートは、通年やっている、いつ行ってもやっているのが特徴です。
これまで写真家・映画監督の蜷川実花さん、東京藝術大学の学長の日比野克彦さんらをお迎えしました。
加えて、前期工期は、ポニーキャニオンさんと、手塚治虫さんのライフワークになった「火の鳥」をメインコンテンツに「道後REBORNプロジェクト」を、後期工期は、東京オリンピックのポスターを手がけた、画家の大竹伸朗さんが本館を覆う素屋根テント膜をアート作品化、写真家・映画監督の蜷川実花さんは、230枚の花の写真で飛鳥乃湯泉の中庭を装飾し大変人気でした。
私自身も、できることはなんでもする、という思いで、PR動画「温泉問答」を制作し、落語形式で、道後温泉の個性豊かな三つのお湯を紹介しました。自治体動画は、1万回視聴されれば成功といわれる中、約3万回視聴され、道後温泉の魅力を伝えられたと考えています。
こうしたさまざまな取り組みで2020年度に「ふるさとづくり大賞」で総務大臣賞を受賞したほか、観光経済新聞主催の旅のプロの投票で選ばれる「にっぽんの温泉100選(2024年度版)」で過去最高の2位になるなど、高い評価をいただいています。
奥村 まず、全国的にはかなり特殊だと思いますが、道後温泉と名乗れる源泉については松山市が全て所有しております。また、道後温泉本館、別館飛鳥乃湯泉、椿の湯という三つの外湯も同様です。
これは神話の時代にさかのぼる道後温泉の長い歴史の中で源泉が公的に管理されてきたことに由来します。従って、道後温泉の観光振興は常に行政・事業者・地元の方々が一致協力して進めなければなりません。
ただ、時代時代、場面場面においてさまざまな葛藤があり、道後湯之町初代町長伊佐庭如矢が道後温泉本館を改築した時にもさまざまなやりとりがあったことが伝えられています。
現在は野志市政においてまさに松山市・道後温泉旅館協同組合・まちづくり推進協議会が一体となってまちづくりを進めています。一例を申し上げると、保存修理工事中の本館ラッピングアートについては「魅せる工事」としてたくさんの視察をいただきましたが、来られた方から「地元から反対意見は出なかったのですか」「どのように合意形成をされたのですか」と必ず質問されました。「みんなでけんけんごうごうの議論はする。ただ、やる時は思い切って実行する。これが道後の伝統です」と私はお答えしました。この伝統を支えるものはもちろん日頃の関係者の良好なコミュニケーションがあってのことですとも申し添えます。
この協力体制の成果はコロナ禍がまだ完全に収束していない2023年3月期に道後温泉の宿泊者数がコロナ前の2019年実績を超えたことに現れていると思います。
宮﨑 1992年に旅館や商店街の枠を超え、住民・市民、大学、金融機関やさまざまな企業等で構成する地域主導の新しいまちづくり組織を立ち上げ、日本最古の歴史、豊かな伝統・文化資源を生かしながら、観光と生活環境の調和のとれた、地元の人が誇りを持てる湯の街情緒豊かで魅力ある都市型温泉郷づくりを推進してきました。
地域独自のグランドデザインや「道後温泉歴史漂う景観まちづくり宣言 道後百年の”景”」を策定し、市と協働で看板規制や自主撤去、ファサード整備などを実施。道後温泉本館周辺の県道・市道の付け替えによるにぎわい空間創出や電線類地中化にも協力。耐震改修促進法に基づく5軒の旅館・ホテルの建て替え時も、景観に配慮した上質な建築デザインや周辺緑化など快適な回遊空間を作りました。
また、「第3の外湯プロジェクト」を市へ2次にわたり提案し、悲願の「道後温泉別館飛鳥乃湯泉」誕生につなげ、女帝による入湯様式を復元した「道後湯帳」を株式会社帝人フロンティアの最先端技術により共同開発するほか、開運や恋愛などをテーマとした「道後温泉開運めぐり」を展開し、女性一人旅5年連続人気1位になるなど女子旅の聖地としても知られています。
さらに、道後学の開講やフィールドワークなどでまちづくり意識の醸成を図り、高付加価値化による集客力強化が着実に進められており、これら景観整備と最先端アートのまちづくりが評価され、国連Habitat主催のアジア都市景観賞も受賞するなど着実に成果を挙げています。
――今年は大阪・関西万博などでインバウンドのさらなる増加が見込まれます。世界に向けて市の観光をどうアピールするか。また、受け入れ態勢で必要なことは何でしょうか。
野志 大阪・関西万博で訪日する外国人観光客への認知度を高め、誘客につなげるため、昨年、大阪観光局と全国を8ブロックに分け、温泉地の首長と連携し、「世界の温泉首都・日本」温泉ツーリズム推進協議会を立ち上げ、日本の温泉や温泉文化を世界に発信しています。また、西日本の自治体や企業で構成する「西のゴールデンルートアライアンス」に役員として参加。これらの協議会で、大阪・関西万博に出展し、松山の魅力を伝えます。
最近は、松山城や道後温泉など観光スポットだけでなく、商店街などでも外国人観光客を見かけるようになりました。滞在中のニーズやお困りごとが多様化しています。
そこで、「まつやまインバウンドボランティアガイド」を開始し、多言語対応ができるガイドを置き、観光案内するなど、受け入れ態勢を整えています。
加えて、市内でフリーWi―Fiを整備したり、掲示の多言語や、観光施設でキャッシュレス対応をしたり、インバウンドの利便性を高めています。
奥村 私が一昨年、道後温泉旅館組合理事長に就任した時、掲げました目標が「道後温泉を世界的な観光地にする」ということでした。これは今回のビジョンの中にもありますが、単に時流に乗るということではなくて、日本人が減る中、温泉地として生き残っていくために死活的な目標と考えています。
目標達成のため、行政・組合・協議会・施設にはそれぞれ役割があると考えており、旅館組合としては、一つには地域のおもてなし全般の底上げを図ることであると考えています。
一例を上げますと、急がば回れで今、旅館組合では道後で観光に関わる全ての方、例えば人力車の引き夫の方など含めて、を対象に、道後の歴史を古代・中世・近世に分けて勉強するセミナーを開始しました。これは例えばお客さまに「なぜ道後温泉は最古の温泉といわれるのですか」と問われた時に、「それは伊予國風土記に西暦132年に天皇が行幸された記述があるので名乗っています」と、道後で働く者、誰もが答えられるようにするためです。こういったことは観光地の歴史を重視するインバウンド客をどうおもてなししていくかのスタートとも考えます。
「坊っちゃん」「マドンナ」に加えて、新しいが地に足のついた発信をしていかなければインバウンドをさらに拡大していくことができないと思っています。これに施設の特徴的なサービスが加わり、全体のレベルが上がっていくと考えています。
宮﨑 まずは、万博観光ポータルサイトに掲載している、高い満足度を提供できる道後・愛媛関連の高付加価値旅行商品群の販売促進に努め、それをフックに世界へと発信していきます。
さらに、「日本最古の温泉地」というだけでなく、景観整備と最先端のアートのまちづくりを総括し、歴史文化資源の「見える化」による「価値化」を図るとともに、お客さまに新しい体験価値を提供するなど「道後温泉ブランド」をより深化させることが大切です。
一方、あえて「温泉に入らなくても持続可能な温泉地」という逆説的視座から、より自由に温泉地の風土を満喫できる「世界に開かれた日本の温泉文化を体現するまち」を目指し、「道後温泉2050ビジョン」を昨年策定しました。(※道後温泉公式エリアガイドHP電子ブック参照)
2050年度宿泊者数を現在の1割増、外客比率50%の目標達成のため、10の重点プロジェクトを掲げて始動。既に、多言語音声ガイド導入やAIカメラによる人流データ利活用など受け入れ環境の整備も順次進んでいます。
今後は、道後温泉スマート・ツーリズムを実現のための観光DXによる「デジタル温泉都市構想」、ビジターセンター機能をもつ「歴史ミュージアム」、第4の外湯「道後斎戒沐浴の湯」の実現など、さまざまなサービスのデジタル化を通じ、来訪者の利便性と満足度向上、受け入れ施設の生産性強化で地域全体の持続可能な発展につなげていきたいと思います。
――さらなる観光振興、魅力的なまちづくりへ、今後求められることは。
野志 松山市は、広域観光戦略「瀬戸内・松山構想」を軸に、交通事業者や広島地域の自治体などと連携し、瀬戸内海の魅力を最大限に引き出しながら松山と広島地域を周遊する旅行商品を造成し、国内外の旅行市場で観光ルートが定着するようプロモーションしています。
また、松山観光コンベンション協会と連携して、MICE誘致や開催支援を強化しており、コンテンツ開発や商談会など誘致活動で、交流人口を拡大し、地域経済を活性化しています。
平日の団体客の確保や、将来のリピーターを増やすため、これまで修学旅行を積極的に誘致し、現在は特別支援学校など、障がいのある児童や生徒の修学旅行の受け入れサポートを充実させています。
将来的には、障がい者や高齢者、子育て世帯、外国人など、全ての人が安心して滞在できる、観光都市づくりに発展させ、松山版のユニバーサルツーリズムを推し進めていきます。
道後温泉は、アート事業が一つの観光資源として定着しています。今年も新しいアート事業を開催します。アーティストは国内外で人気の写真家・映画監督の蜷川実花さんです。
今後も、道後のブランド力を高め、官民連携して魅力的なまちづくりを進めていきます。
奥村 今後、求められる一つは大きな方針に沿った着実なハード面の充実があると思います。これは大規模な開発をするということではありませんが、不足しているものを順番に補っていくという取り組みは継続していく必要があると思います。
ライバルである有力な温泉地は常に追加投資を行い、話題が途切れない努力をしています。また、旅館で働く従業員の教育も各地とも充実してきており、おもてなしだけで差がつく時代は過ぎ去ったと思います。
もう一点は、長期滞在を実現するための近隣観光地、施設との連携強化です。連泊してもらうためには朝宿を出発して楽しんだ後、夕方には宿に戻ってゆっくりするというストーリーを強化していかなければなりません。特に地方では2次交通が脆弱(ぜいじゃく)であり各地域が連携して取り組んでいく必要があります。
宮﨑 「いいまちづくりは、いい宿・店づくり」という基本を大切に、恵まれた歴史文化を生かし、品質と価格価値に優れた温泉地づくりを進めていきます。このため、「日常の人の営みを魅力化することが、人の心を動かす魅力的な景観づくりである」ことを再認識し、“おもてなしの気持ち”を“カタチ”として表現できるよう取り組みたい。
また、伝統は革新の積み重ねということを常に意識し、地域全体でイノベーションを進め、そこに何があるかでなく、何ができるかの新しい体験価値の提供を行い、ぜひ訪れたい、住んでみたいと思われる、お客さま起点の「道後ブランド」の構築に磨きをかけていきたいと思います。
それには、「癒やされる、元気になれる」をキーワードに、地域を挙げたホスピタリティマネジメントを強化し、県内各地と連携して雇用と暮らしを守る「稼げる産業・ 稼げる地域」の実現を目指し、事業者・住民・地域・行政が一体となって、未来につなぐ地域活性化の好循環の創出を実現することが求められます。
今後必要なのは、デジタル化で取得できるデータ活用による観光DX化。道後・松山で観光データ基盤(DMP)を構築し、来訪者の需要予測による最適な人員配置、省力化・人手不足解消や仕入れの効率化および的確な観光戦略マーケティングとスマート観光地化に役立てていくことです。
そして、観光地経営の高度化を一層図るために最新技術を駆使する一方、AIではできない旅行者へのおもてなしに、人の力を注ぐなど、「ヒューマンタッチ」を一層大切にするよう、関係者みんなで汗をかいていきたいと思います。
(左から)奥村理事長、野志市長、宮﨑会長
市観光のさらなる活性化へ意見を述べる3氏(松山市役所で)