東北観光の現状
広域連携の取り組みで成果
トップセールス 海外からの直行便が増加
東北の観光産業振興と経済の発展に寄与することを目的に東北6県と新潟県の関係者で組織する東北観光推進機構。紺野純一専務理事に東日本大震災からの東北観光の復興状況、同機構の取り組みを聞いた。(聞き手=本社・森田淳)
――震災から現在までの東北観光を振り返ると。
紺野 地震、津波、原発事故という未曽有の災害で観光を含めたインフラが大きなダメージを受けた。
観光復興へ、まず地元で取り組んだのは、震災から1カ月余りたった4月23日から3カ月間、JRグループと青森県を中心に展開した「青森デスティネーションキャンペーン(DC)」。自粛ムードもある中、観光の力で被災地の元気を取り戻そうと、予定通りの開催に踏み切った。以来、DCは6年間、東北6県のいずれかで毎年行われている。
4月29日はプロ野球の東北楽天ゴールデンイーグルスとサッカーJリーグのベガルタ仙台が震災後初めて、本拠地の仙台で試合を行った。この日は東北新幹線が新青森まで全線復旧し、そして宮城県の村井知事が「震災復興キックオフデー」と宣言された日だ。試合の開催が被災地の私たちの元気の源となった。
7月16、17日は仙台市で、東北6県の祭りを集めた「東北六魂祭」が初めて開かれ、2日間で約37万人が集まった。電気もつかない、先が見えない状況が長く続いた中、「観光には地域を元気にする力がある」「これから必ず元気になれる」と祭りを通じて強く感じたものだ。
これらエリアでのキャンペーンやイベントに加え、UNWTO(国連世界観光機関)の世界観光会議やWTTC(世界旅行ツーリズム協議会)グローバルサミット、国連防災世界会議など、国際級の会議が仙台を中心に相次いで開催された。
震災後5年ぐらいの期間は、復興への道筋を付ける、風評被害を払拭する、ということに地元では大きな力が注がれた。これらイベントを引き金に、観光客の誘致にしっかり取り組むための土台が作られていった。
インバウンドは国の施策で、国全体で大きく伸びており、震災前の2010年と17年を比較すると333%の伸びだ。ただ、東北に限っては187%。全国レベルには達していない。
しかしここ数年は、国の支援である観光復興交付金の広域における有効活用などで成果が出始めている。
15年は観光庁が推進する「広域観光周遊ルート形成促進事業」で、当機構が申請した「日本の奥の院・東北探訪ルート」が同事業のルートの一つに認定された。
16年は当機構の清野智・前会長が「東北は連携して、一体となって取り組まなければならない」と、新潟県を含めた7県で、知事によるトップセールスを台湾で初めて行った。トップセールスは以来、17年に香港、18年は大連と、毎年行っている。単県での事業に比べ、現地の対応やメディアの反応は想像以上で、その後の誘客や路線就航につながっている。
台湾は震災直後、仙台との間を週2便しか飛んでいなかったのが、今は13便に増えた。青森空港や花巻空港にも海外から直行便が飛ぶようになった。青森には天津、花巻には上海からの直行便が就航した。
東北への外国人客(従業員10人以上の旅館・ホテルの延べ宿泊客数)は10年に50万4500人泊。震災で一気に減ったが、一昨年は94万5千人泊、昨年は121万4千人泊と、2020年150万人泊の目標達成が視野に入ってきた。
今年は釜石でラグビーのワールドカップの試合が開催される。来年の東京五輪・パラリンピックは福島で野球とソフトボールの試合が開かれる。試合観戦はもちろんだが、少し足を延ばして、東北各地の魅力を見てもらうための施策を現在、われわれは練っているところだ。
――国内の旅行客の入り込み状況は。
紺野 宿泊ベースで年間2900万人泊と、このところ横ばいから微増傾向だ。
お客さまの層が少しずつ変わっている。震災直後は被災地支援の方々が多かったが、今は減っている。そして遠方からのバスツアーが減少している。DCなどで歯止めを掛けようとしているが、インバウンド同様、戦略的に取り組む必要がある。
修学旅行は風評で厳しい状況が続き、被害が最も大きい福島県では震災前の76%の回復状況だ。
修学旅行については、私どもは各県の観光連盟などと連携し、首都圏や中部、関西、九州、そして新幹線の開業を契機に北海道へもプロモーションに出掛けている。北海道から仙台に新幹線で来て、バスで福島に入ったり、台湾など海外から来たりと、新たな動きも出ている。地元では農家民泊など、東北らしい受け入れ態勢が整っているほか、震災や原発事故の教訓を学ぶ「ホープツーリズム」など、新たなプログラムも生まれている。
いずれにしても、国の観光復興交付金などの支援を受けながら、広域的に東北が連携し、取り組んできたことが確実に花開いているというのが東北観光の現状だ。
東北観光推進機構の事業
知名度向上へネット活用
データ取集、人材育成塾も
――東北観光推進機構が現在、力を入れている取り組みは。
紺野 17年4月1日に法人格を取り、一般社団法人としたほか、同年11月28日は観光庁に申請していた広域連携DMO登録が実現した。このように体制を整備しつつ、航空会社、鉄道会社、地方銀行から人材を集めるなど組織を強化している。
これらの体制のもと、観光庁、東北運輸局、JNTO(日本政府観光局)と連携を密に、東北全体の活性化を図るための活動を行っている。
まず、やるべきことは、東北全体の知名度向上。ほかのエリアに比べて低く、知ってもらうための機会もPRも少なかった。
デジタル社会でもあり、16年12月から、国の復興交付金を活用し、Googleとタイアップして、東北の四季の美しい映像をネット配信している。秋の風景の動画が特に好評で、今年の2月15日までに2666万ページビューがあった。
そして海外の旅行エージェントとメディアの招請事業。東北の良さを実際に目で見て、感じてもらおうというものだ。逆に、われわれが海外に出向いてのキャラバンや商談会も行っている。先ほども述べたように、知事によるトップセールスをここ3年、毎年行っている。
また、日本版広域連携DMOとして地域連携DMO、地域DMOと連携し、「東北版DMO」の形成に取り組んでいる。
その事業の一つに、データに基づいた戦略策定がある。東北を訪れる外国人観光客の約7割が首都圏からで、約2割が定期便やチャーター便を使った東北へのダイレクト、ほかの約1割が関西や北海道などほかの地域からだ。ただ、データによると、首都圏に来た外国人客の約1割しか東北に来ていない。これらの実態をデータが証明してくれた。
日本国内での動きなど、外国人客の行動データがある程度取れるようになった。私たちは行政や地域DMO、旅行業界、観光業界の方々と定期的に会議を行い、これらデータに基づいた誘客戦略を練っている。
海外からのお客さまはリピーターが増えている。地域のディープな情報や商品がこれから求められる。われわれはこれらの情報を発信するプラットフォームを作る。ランドオペレーターに周知するとともに、旅行会社やOTAに情報を元にした商品化を促す。プラットフォーム作成に当たっては、既に東北運輸局と打ち合わせをしており、今年秋のタリフ化を目指している。
もう一つは人材育成。デジタルの時代になっても、それを活用するのは人だ。われわれは16年、「フェニックス塾」という観光塾を立ち上げた。45歳以下の東北観光に関わる実務者を対象に、自分の県や会社にとらわれず、東北全体を俯瞰(ふかん)して企画力や発想力を発揮できる東北観光の担い手、スペシャリストを育成しようというものだ。
各年度で8回の講座を開講し、東北の観光に造詣の深い人や、マーケティングの専門家、インターネット関連事業者のトップなどの講義を聞くほか、塾生同士がディスカッションをする内容だ。16年度の第1期、17年度の第2期で、合計73人の修了生を輩出している。18年度は3月14日に修了式を行い、修了生は合計100人を超えた。
ベテランの勘や経験は大事だが、デジタルに精通する若い人たちの力がこれから必要だ。彼ら「百人の侍」は、東北観光の大きな財産になると期待している。
――東北観光の未来像をどう描く。
紺野 震災後、仙台で国際会議が開かれた時、駅前のペデストリアンデッキを多くの外国人が往来していた。
東北にもようやくインバウンドの風が吹いてきた。外国から来た観光客が、ここ東北の各地で触れ合い、それらの光景がどこでも見られるような日常になればと思う。
そして忘れてならないのが大きな被害を受けた沿岸部の復興だ。青森県から福島県までの沿岸部の歩道「みちのく潮風トレイル」が今年、全区間開業する。これは大きなポテンシャルを秘めている。観光が沿岸部の復興の一端を担えればいい。
――東北の旅館・ホテルをはじめ、観光事業者に要望があれば。
紺野 旅館・ホテルはまさに、地域の観光を引っ張る中核的存在だ。それぞれが持つ良さ、独自の文化をしっかり守ってほしい。そしてデジタル社会の中で、新しいことにもチャレンジしてほしい。人手不足などさまざまな問題があるが、外国人労働者を雇用できる環境を国が整備した。ここが踏ん張りどころだ。
――最後に、東北観光の魅力PRを。
紺野 四季がはっきりしていて、それぞれ彩りがある。桜と紅葉はかなり周知されているが、冬の雪や夏に向かう時期の新緑も美しい。
季節ごとの祭り、食もいい。モノ消費からコト消費といわれるが、コト文化も東北の中に多く埋まっている。
そして忘れてならないのは人。朴訥(ぼくとつ)で、初対面ではなかなか難しいが、2回、3回と会っていくうちに家族のように打ち解ける。そういう意味で、リピーターが非常に多いのも事実だ。
昔ながらの日本があり、一言で言い表せないほどの魅力にあふれている。
われわれはこれらの魅力を多様なPR媒体を重層的に活用し、情報発信する。多くの人々に、その魅力を感じてもらい、実際に来ていただきたい。
紺野専務理事