地球体感、感動の自然とあふれる文化を生かす
登別洞爺地域は、日本屈指の名湯「登別温泉」や、湖、火山と多様な自然を体感できる「洞爺湖温泉」など、観光王国・北海道の中でも屈指のリゾート地帯だ。2020年は北海道初の国立博物館を含むアイヌ文化の拠点「民族共生象徴空間(ウポポイ)」が域内の白老町にオープン。その魅力はさらに増している。北海道と登別洞爺地域の観光振興をけん引する4氏に今後のさらなる振興策を語ってもらった。
左から、北海道経済部観光振興監・山﨑雅生氏、登別国際観光コンベンション協会会長・唐神昌子氏、アイヌ民族文化財団民族共生象徴空間運営本部副本部長・村木美幸氏、洞爺湖温泉観光協会副会長・濵野清正氏
――(司会)北海道の観光入り込みについて、現状をお聞きしたい。
山﨑 今年春に「どうみん割」が再開し、3~4月とゴールデンウイークは全道的に良かったが、インバウンドが復活していない。その後のゴールデンウイーク直後に少し落ち込み、6、7月は多少良くなったが、新型コロナウイルスの変異株BA.5の爆発的流行で、再び落ち込んでしまった。重症化率や病床のひっ迫状況が以前と全く違うのだが、感染者の数が多いことでイメージ的に旅行が敬遠された。
国の全国旅行支援に期待をしていたが、7月の開始予定が延期されてしまった。約2年半、地域の皆さんが苦しい思いをしてきた。消費者の皆さんも早く旅行をしたいという気持ちがある。国は、全国旅行支援、そして入国制限の緩和、撤廃を一刻も早く進めてほしい。
北海道経済部観光振興監・山﨑雅生氏
――入国は1日2万人という制限がある(注・9月7日から1日5万人に拡大)。
山﨑 2万人ではビジネス需要で終わり。コロナ前、最大で1日15万人くらいの入国者があったのだから、少なくともその3分の1の1日5万人程度は受け入れないと話にならない。
――感染者数の報道が入り込みや宿泊予約に大きな影響を及ぼす。
山﨑 マスコミは感染数ベースで報道するのをやめるべき。数ではなく、重症化率や病床のひっ迫具合を伝えるべきだ。感染者の90%超が軽症ないし無症状なのに、10%にも満たない症状の重い人ばかりを取り上げる。病床のひっ迫度合いなど、北海道は47都道府県で下から数えた方が早い。そういったことは取り上げてくれない。
唐神 7月第1週まで、先の予約が伸び悩んでいた。参議院選挙以降、全国旅行支援があると思って、皆さん、それを待って予約をしようと思っていたのだろう。全国旅行支援が当分ないと分かり、この先どうなるだろうと思ったが、「どうみん割」が継続していたので、道外に行くはずだった道内のお客さまから予約をいただけた。7月はコロナ禍前の6~7割といったところ。週末は8割まで上がることもあった。
ただ、感染の拡大が報道され、新規予約よりもキャンセルが多い状況になった。濃厚接触者になったのでキャンセルをしたいと、宿泊の前日や当日に電話をいただくことがあった。旅館の場合は宿泊見込みの数によって、その日の食材の仕入れ量を変える。やむを得ない理由だが、直前にキャンセルが出ると食品ロスが増える。これは決して良いことではない。
登別国際観光コンベンション協会会長・唐神昌子氏
――キャンペーンについては、東京などの大きな市場が対象になるかどうかで、予約状況もかなり変わってくるようだ。
唐神 北海道は夏がハイシーズン。涼を求めて普段なら多くの方が全国からお越しになる。夏の魅力がいっぱいの北海道に、多くの方々に来ていただきたいのだが、それがかなわないのが残念だ。
濱野 洞爺への宿泊客数は、平成30年度に約70万人。このうちインバウンドが40%、道外が25%、道内が35%。これが令和2年、3年の両年度はコロナ禍で24~25万人で、内訳は、ほぼ道内客だ。
「どうみん割」のおかげで道内のお客さまだけは30年度とほぼ変わらないほどお泊まりいただいている。しかし全体の数字を見ると例年の3分の1ほど。道外とインバウンドのお客さまがいないのだ。
Go Toをやる、やると言いながらなかなかやってもらえず、道外のお客さまに来てもらえない。入国者数も1日2万人に限定されて、チャーター便も旅行会社が申請しても、なかなか許可が下りない。
早期に全国版のGo To、もしくは全国旅行支援を開始してほしいのと、インバウンドの枠を増やしてほしい。これらをしっかりやってもらわなければ元の数字になかなか戻らない。
洞爺湖温泉観光協会副会長・濵野清正氏
――ウポポイの入園状況はどうか。
村木 ウポポイはアイヌ文化復興のナショナルセンターとして、2020年7月12日にオープン。コロナ禍で2度の開園延期を余儀なくされた。予定では東京オリ・パラに先立って開業し、日本の文化の多様性を紹介する、国際観光や国際親善にも寄与することを目指しての開業だったが、オリ・パラの1年延期と無観客開催の影響を受けた。
年間来場者数100万人を目標に取り組みを行ったが、1年目約25万人、2年目約26万人と、4分の1程度の結果であった。
開園当初、博物館の中には時間当たり100人という入場制限があり、施設には1日2千人以上が来園されていたので、「予約が取れない」「博物館に入れない」などの問い合わせや苦情の電話で、対応に追われた。
修学旅行は年間約8万人の予約。だが、コロナ禍でのキャンセルも多く、実績は2年とも約5万人だった。
修学旅行以外の団体でのお客さまは少なく、ほとんどが家族連れや友人同士など個人での来園者だ。
アイヌ民族文化財団民族共生象徴空間運営本部副本部長・村木美幸氏
――コロナ下における北海道の観光事業者支援の取り組みについて。
山﨑 2020年5月から、「北海道を忘れないでね」「コロナが落ち着いたら北海道にまた来てね」というメッセージを海外中心に映像で伝える「HOKKAIDO LOVE!」キャンペーンを始めた。
これにはもう一つの側面があり、北海道の皆さんに「自分の住んでいる北海道の素晴らしさを再認識しよう」というシビック・プライドキャンペーンでもある。
その後、感染が落ち着き始めた7月1日から全国に先駆けて「どうみん割」を開始した。非常に好調で、当初用意した予算があっという間になくなった。その後7月22日にGo Toトラベル事業が始まったので、切れ目なく、需要回復へ、うまくスタートが切れたのではないかと思う。
同時に、教育旅行を支援する補助制度を始めた。旅行が密になるのではと、学校も親御さんも行かせるのに慎重だった。そのため、1クラス1台のバスを2台に分乗してもらい、追加の1台のバスの経費を道予算で出すことにした。宿も1部屋の人数を半分にして、2部屋に分かれて泊まっていただき、追加の部屋の料金を道予算で出す。非常に好評で、マスコミなどでも取り上げられ、教育旅行関係者の間では「北海道スタイル」とも呼ばれた。
その後、緊急事態宣言の発出でGo Toトラベルが停止したりと紆余曲折があったが、現在は、どうみん割などの需要喚起や道外での来道キャンペーンとして、「HOKKAIDO LOVE!」キャンペーンを拡大し、大泉洋さんのいる「チームナックス」(北海道の演劇ユニット)が出演するCMをウェブ、東京都内の大型屋外ビジョン、タクシーの車内で流している。
――それぞれの地域はどう誘客に努めているか。
唐神 私たちもお客さまに忘れられないように、「感染が落ち着いたら登別に行こう」という、登別にいる「湯鬼神」と呼ばれる鬼が登場する面白い動画を協会(登別国際観光コンベンション協会)のホームページやユーチューブの公式チャンネルにアップした。計5本制作し、再生回数もかなり伸びている。
登別の名所や歴史、おすすめの観光コースが見られるタブレットも各宿に置かせていただいた。
感染対策も万全にしようと、道庁が作った「新しい旅のスタイル」に合わせて各宿で対策を徹底しているところだ。
――宿でクラスターが発生したという話をほとんど聞かない。
唐神 宿のスタッフみんなが緊張感をもって取り組んでいることが功を奏しているのだろう。
濱野 洞爺湖温泉観光協会には四つの部会がある。広報部会、旅客誘致部会、イベント部会、洞爺湖マンガ・アニメフェスタ推進委員会だ。
広報部会はホームページでリアルタイムに情報発信し、アクセス解析もしっかり行っている。グーグルマップなどに登録できない店に対して登録の支援もしている。JTBのジャパニカンを使い、個人で来られる外国人客が現地の体験メニューをブッキングできるようにもした。自治体に予算を付けていただき、地域クーポンに上乗せする事業も行う。
旅客誘致部会は札幌近郊の小学校や東北、北関東の旅行会社に向けた修学旅行の誘致プロモーションと、旅行会社の商品造成担当者への説明会の開催。
イベント部会は2000年の有珠山噴火を契機に有志で始めた夏のサマーフェスタや冬の洞爺湖温泉冬花火大会の開催。花火は4月から10月までのロングランも行っており、特別な日には特別な花火を打ち上げている。
最後のマンガ・アニメフェスタは温泉街をコスプレで歩いてもらうイベントで、2010年に始めた。2019年は2日間で過去最高の7万人が集まった。今年は3年ぶりに開催し、5万人が参加した。当初は周りからいろいろ言われて自分もどうかと思ったが、今は息子も参加をしているほどで(笑い)、大いに盛り上がっている。
村木 ウポポイの誘客活動だが、ウポポイというのは民族共生象徴空間の愛称で、アイヌ語で「(大勢で)歌うこと」を意味する。
まず、ウポポイという愛称から知ってもらおうと、リズムに合わせてウポポイを連呼するテレビCMや、先ほどのチームナックスの皆さん、俳優の宇梶剛士さん、アイドルの坂口渚沙さんにPR大使などを務めてもらい、テレビ特番やポスター、イベントでのPR活動に力を入れた。
また、国、道、市町村、企業、団体でつくる「官民応援ネットワーク」によるオール北海道での協力や、知事さんの記者会見の際のバックボードにもロゴを入れていただくなど、広くいろいろな場でウポポイという愛称やロゴを目にする機会が増え、認知度を高めてきた。
開業前の調査で、道内では70%を超える方がウポポイを知っているということだった。しかし、全国的な認知度は低いことから、イメージ動画の製作、駅や空港での広報、道外でのプロモーション、さらに海外向けの特番を組むなどの事業を進めている。
年間100万人の入園者確保を目標としているので、白老地域の一施設ではなく、北海道の魅力を代表する施設として積極的に取り組んでいきたい。
――今後のウィズコロナ、アフターコロナ期に向けたそれぞれの取り組みについて。
山﨑 今年度、道庁の観光政策は大きく三つの柱で予算を組み、事業を進めている。宿泊事業者の再生支援、戦略的なプロモーション、高付加価値化だ。
コロナで傷ついた事業者の皆さまの再生は何より大事。一丁目一番地だ。インバウンドが普通に戻るまで、需要喚起は続けていく。
戦略的なプロモーションは、コロナでインバウンドも含め、観光の形態、ニーズなどが変わってきている中、これまでの平坦なプロモーションではなく、マーケティングに基づいたそれぞれのセグメントに合わせたプロモーションや選択と集中をしっかり行う。
高付加価値化は、地域に落ちるお金を増やすということだ。観光関係の単価を引き上げるための取り組みを進める。
――観光消費額の拡大へ、富裕層へのアプローチが必要だ。
山﨑 高付加価値化イコール富裕層獲得ということではない。付加価値を高めて、単価を引き上げるということ。富裕層だけではなく、全ての層に高付加価値化をアプローチしていく。
唐神 行きたいと思われる地域にならなければ、私たちの宿も選ばれない。魅力ある街づくりがまずは必要だ。今は皆さん、目的意識をもって旅行をされている。ニーズをしっかりつかむことだ。
宿については、北海道は団体ツアーに対応できる施設づくりが主流だったが、これからは目的意識をもって動く個人のお客さまへの対応が必要になってくる。私たちは何かしらの特徴を打ち出していかねばならない。それが食なのか、アクティビティなのか、それぞれの宿が考えることだが、各宿が特徴を強く打ち出すことで北海道全体の魅力の底上げができるのではないか。
登別はこの秋から、温泉街に低速電動バス「グリーンスローモビリティ」を走らせる。観光のお客さまが自由に乗れる、時速20キロで走る低速のバスだ。温泉街は長いゆるやかな坂になっており、バスターミナルから宿まで歩くと15分ぐらいかかるところもある。お客さまは温泉街を気軽に移動できるし、環境にも優しい。活用して、観光の目玉の一つにしたいと考えている。
濱野 地域のプレイヤーが持つそれぞれの強みを尊重し、生かすこと。このような結束力が外部に訴求する地域の魅力を作り出していくはずだ。しっかりと取り組みたい。
道庁など行政の動き、商品を造成する旅行会社の動きをよく理解して、地域の施策にしっかりと反映させることも大事だ。幸い私たちの仲間には旅行会社の協定旅館ホテル連盟の役員も多く、これらの情報を得やすい。
国や道庁の施策については、なるべく早く情報を出していただきたい。来月から始めるなどと突然言われても、受け入れ側の準備が間に合わなかったりする。
村木 ウポポイの目指す目的の一つにアイヌ文化の理解促進がある。歴史・文化の展示や舞踊、アイヌ語、口承文芸、工芸などのさまざまなプログラム、スタッフとの交流を通じて、来園者がアイヌ文化の魅力に触れて感じ、考え、モノでない何かを持ち返ってもらいたいという強い思いを持っている。
コロナ禍でプログラムが一方的になりがちだが、交流の機会をなるべく増やし、相互理解を深め、心に残る旅につなげていければと思う。
――登別洞爺地域の観光魅力について、それぞれの立場から改めてアピールを。
山﨑 登別は北海道を代表する温泉地。温泉の種類が豊富で、地獄谷という名所もある。洞爺湖は湖でのアクティビティ、昭和新山というダイナミックな景観も見られる。二つの温泉地の泊まり歩きも楽しいのではないか。
村木 四季折々に海の幸、山の幸があり、みんな新鮮でおいしい。
濱野 昭和新山や地獄谷など、観光パンフレットに書いてある通り、まさに「地球を体感できる」場所だ。昨年、世界文化遺産に登録された「北海道・北東北の縄文遺跡群」の遺跡もある。
洞爺では、地元のアイヌ文化をこれまであまり強く打ち出してこなかったが、ウポポイを契機にこれから考えたい。
唐神 アイヌの方が初めて文字で表した「アイヌ神謡集」というが作品がある。作者の知里幸恵さんは登別の出身で、地元にその記念館がある。ウポポイと併せてぜひ訪れてほしい。
――登別洞爺地域のさらなる魅力向上へ必要なことは。
山﨑 北海道を代表する観光地であり、インバウンドが回復すればみんなが真っ先に訪れる場所であることは間違いない。
北海道としても需要喚起策やプロモーションをしっかりと展開し、国内客、インバウンド客を戻していきたい。
また、宿泊事業者はじめ観光事業者の皆さまの厳しい経営状況を支援するため、例えばゼロゼロ融資の延長などもしっかりと国に働き掛けていきたい。
唐神 道庁からの心強い支援に感謝をしている。私たちは甘えることなく常に魅力を磨き上げ、お客さまに選ばれる地域になるよう努力したい。
濱野 洞爺は2000年の有珠山噴火の時もお客さまが半年間、全く来られない状況だった。それまで年間80~90万人の入り込みだったが、そのレベルに回復するまで10年かかった。今はその時と同じような状況だ。
キーマンをはじめ、地域のみんなが手と手を取り合い、道庁や北海道観光振興機構とも連携し、お客さまにいかにお越しいただくかを真剣に考えていかねばならない。
村木 アイヌの歴史・文化の理解促進と北海道の魅力アップにつながる活動を、今後もしっかり進めていきたい。