【私の視点 観光羅針盤 201】書を抱え、旅に出よう! せとうち観光推進機構事業本部長 村橋克則


 ずっと気になっていることがある。若者の海外旅行離れだ。この20年、日本人全体の海外渡航者数はほぼ横ばいだが、20代に関しては40%以上も落ちている。今、海外旅行マーケットを支えているのは高齢者だ。今年度から大学で教鞭(きょうべん)をとらせてもらっているが、学生に聞いても海外に興味がない、なんとなく危険なイメージを持っているという。

 観光庁のレポートによれば、若い頃の旅行経験がその後の旅行参加率に大きく影響するという。つまり若い頃に海外に出た経験がある人はその後の人生でも比較的頻度高く海外に出かける傾向が強いが、この時期に行かない人はその先も行かない可能性が高いらしい。このトレンドが今後も続くとすれば、かろうじて横ばいを保っている海外旅行マーケットの先細りは確実で、未来の見通しは明るいとは言えない。

 マーケットも心配だが、それ以上に憂うべきは海外に興味がないという若者のマインドだ。「現代の山田長政をつくる」。海外企業への日本人の人材斡旋(あっせん)を生業とする友人がかつてそんなことを言っていた。

 山田長政とは江戸時代前期に今のタイに渡り、政権の中枢にまで登りつめた立志伝中の人物だ。今で言えば、日本人が外国の首相や多国籍企業のCEOを務めるようなものだ。最後には暗殺されてしまうので、例えとしてふさわしいかどうかは置くとして、世界を視野に入れた活動の重要性をしきりに説かれたことが強く印象に残っている。そう、明治維新を成し遂げ、日本の近代化を進めたのも危険を冒して海外に出かけていった人たちだったはずだ。

 私たちが籍を置く観光業界においても海外経験の重要性はどんどん高まっている。顧客のシェアが外国人に移行する中、海外経験の有無、深さ、広さはマーケティングやおもてなしの場面で差となって現れ、じわじわと効いてくる。

 異文化への真の理解・共感、外国人との対等かつ親密な関係性の構築という感性を問われる領域は一夜漬けの薄っぺらな知識で何とかなるものではない。実地での心震わす体験や他人とは違うパーソナルな経験がものを言う。インバウンドマーケティングはユーザーを理解している外国人に任せたほうが良いという風潮もあるが、そんな言葉を跳ね返すユーザー目線を持ったセンスあふれる日本人マーケッターがどんどん出てくることを期待したい。

 せとうちDMOが推し進めているインバウンド観光はいわばモノの移動を伴わない輸出産業だ。究極の目的は外貨獲得による国力の増進。しかし、インバウンドばかりに目を向けてアウトバウンドをおろそかにしていると、いつの間にかグローバル人材が枯渇し、内向きの視野の狭い発想ばかりが蔓延(はびこ)り、結果、国力が衰えていくというジレンマに陥る可能性だってある。

 寺山修司は言った「書を捨てよ、町に出よう」。大学教員という立場もあり「書を捨てよ」とは言いにくい。しかし今、どうしても若者に伝えたい「書を抱え、旅に出よう!」

(せとうち観光推進機構事業本部長) ※村橋氏の連載は今回で終了します。

 
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