【私の視点 観光羅針盤 228】稼ぐ文化の時代と観光 北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授 石森秀三


 WHO(世界保健機関)は1月末に、感染拡大が懸念される新型コロナウイルスについて「国際的な公衆衛生上の緊急事態」を宣言した。日本を含めた世界全体で観光客数が大幅に減少しており、観光産業に深刻な打撃を与えている。

 第2次安倍政権は2016年に「明日の日本を支える観光ビジョン:世界が訪れたくなる日本へ」を公表し、「訪日外国人旅行者数を20年に4千万人、30年に6千万人」という数値目標を設定した。併せて「10の改革」を提起し、その2番目に「文化財を『保存』優先から、観光客目線での『理解促進』、そして『活用』へ」という改革戦略を明確にした。

 その後、安倍政権は17年に「経済財政運営と改革の基本方針」を閣議決定し、文化芸術立国の推進を掲げるとともに、稼ぐ文化への展開、文化による国家ブランド戦略の構築、文化産業の経済規模の拡大、文化庁の機能強化などの基本方針を定めた。要するに首相官邸主導によって、文化芸術・観光・産業が一体となって新たな価値を創出する「稼ぐ文化」への展開、という骨太の方針が打ち出された。

 さらに17年12月には、内閣官房と文化庁の特別チームが策定した「文化経済戦略」が公表され、文化芸術は観光地の魅力や産業の付加価値を生み出す源であり、文化芸術への投資は他のさまざまな産業分野への経済波及効果を生み出すために、多様な文化芸術資源の活用によってGDP(国内総生産)600兆円達成に貢献する戦略が示された。従来、文化芸術は「金食い虫」と揶揄(やゆ)されてきたが、安倍政権の新自由主義的政策では「稼ぐ文化」という新たな方向性が強く打ち出された訳である。

 政府は骨太の方針などにもとづいて、博物館や美術館などを活用した観光振興に向け、各地域を包括支援する「博物館の観光拠点化支援事業」を来年度に推進する予定だ。事業の概略は次の通り。自治体や経済団体などが計画を策定し、国が支援する先進地域を認定。令和2年度には25カ所程度を選定。日本の文化や歴史を海外にアピールし、地方に外国人旅行者を呼び込む戦略の一環。先進地域の中核となる施設は博物館などの文化施設。施設管理者や自治体、経済団体などが観光振興計画を策定することが条件。文化庁は令和2年度予算案に支援費約20億円を盛り込む。施設の多言語対応やキャッシュレス化、交通アクセスの改善、学芸員の海外研修などの諸施策支援。施策の所管が文部科学、国土交通など各省にまたがるため新法を制定して支援策をひとまとめにして国に申請できるようにする、などの内容だ。

 新型コロナウイルスによる肺炎の流行によって訪日外国人観光客が大幅に減少し、観光立国戦略に影響が生じているが、将来を見据えて、地域における「観光力の向上」を多面的に図ることは必要不可欠である。

(北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)

 
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