【私の視点 観光羅針盤 272】辛丑の年と観光立国 北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授 石森秀三


 新しい年を迎えたので新春を寿(ことほ)ぎたいが、昨年来のコロナ禍のために重苦しい気分が抜け切らない。今年の干支(えと)は「辛丑(かのとうし)」だ。干支は未来に起きる出来事を知るために生み出された暦のシステムで、十干と十二支から成っている。詳しい説明は省略するが、辛丑の「辛」は草木が枯れて土に戻ること、「丑」は種から芽が出ようとすることを意味していて、辛丑の年は「変化が生まれる転換の年」であるらしい。

 政府は新春早々に1都3県の緊急事態宣言を発令し、続いて大阪など7府県に拡大した。世論調査では政府の対応が後手後手で遅過ぎると批判され、菅政権に対する不支持が急増している。

 首都圏や大阪圏などでは医療体制が逼迫(ひっぱく)していて、危機的状況にあるといわれており、新型コロナ患者の受け入れ促進や医療・保健従事者に対する支援策の強化が叫ばれている。また飲食業に対する時短営業要請が行われているために、飲食サービス業の経営者や従事者は苦しい状況に追い込まれている。

 痛みを伴う変化が生じる一方で、「新しい息吹」も生じている。それはコロナワクチンの導入だ。菅首相はワクチン接種の担当に河野太郎行政改革相を起用して苦境の克服を図ろうとしている。政府はファイザー社のワクチンを2月中旬に特例承認して、医療従事者から先行接種を開始する予定だ。しかし、すでに縦割り行政の弊害が懸念されるとともに、接種実務の運営を任される全国の自治体から人手不足や集団接種会場確保などで懸念が表明されており、相当の混乱が予想されている。

 また、菅首相は東京五輪開催に強い意欲を示しているが、欧米の主要メディアは五輪中止報道を行っている。1月15日に米紙ニューヨーク・タイムズが「第2次大戦後、初の五輪開催中止の可能性」を報道し、21日に英紙タイムズが「日本政府は非公式ながら中止せざるを得ないと結論づけた」と報道。政府は報道を否定しているが、世論調査でも約8割が中止もしくは延期を求めており、今後のワクチン接種の効果次第によって菅政権に大きなダメージを与える可能性が指摘されている。

 政府は今年度の第3次補正予算案と来年度予算案を一体の「15カ月予算」として国会に提出した。一般会計の総額は過去最大の122兆円。今年度の新規国債発行額は112兆円で、リーマンショックの影響で過去最大であった09年度の約52兆円の2倍以上の規模だ。コロナ禍の継続によって、企業倒産が相次ぎ、失業者が増加し、自殺者が増え続けているので、公的支援の拡大は不可欠であるが、一方で国の財政破綻も心配だ。

 ワクチン接種が大きな効果を挙げて、コロナ禍の収束が見通せても、その後に大増税が待ち構えているとするならば、安心して観光やトラベルを楽しむことができない。コロナ禍の拡大によって従来の常識や前提が崩れているので、観光立国政策についてもポストコロナを見据えて、抜本的な見直しが必要であろう。辛丑の年だからこそ、新しい動きの息吹を大切にすべきだ。

 (北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)

 
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