【私の視点 観光羅針盤 306】岸田政権への期待と不安 石森秀三


 9月末に実施された自民党総裁選の結果、岸田文雄氏が第27代総裁に選出され、次いで10月初旬の国会において第100代内閣総理大臣として指名された。岸田首相は直ちに組閣を行い、コロナ禍をはじめとする数多くの国難の超克を目指して、新政権が始動している。

 岸田氏は自民党総裁選の際に新自由主義路線の見直しを提唱し、「成長と分配の好循環」を経済政策の柱に掲げ、中間層への所得配分を強化する「令和版所得倍増」を目指すと訴えた。

 アベノミクスの恩恵は大企業や富裕層に偏り、格差の拡大を助長したためにアベノミクスの軌道修正は当然のことであるが、現実には政務担当の首相秘書官に元経済産業事務次官が就任しており、安倍政権時代の経済政策が踏襲される可能性が大である。岸田政権としての独自路線が明確に打ち出されるのか、それとも安倍傀儡(かいらい)政権にとどまるのか、今後の政権の動きが注目されている。

 岸田政権が超克すべき第一の国難はコロナ禍であるが、ワクチン接種率の急速な向上や各種の経口治療薬の治験が着実に進展しており、将来に向けて希望の光が見えてきている。

 危機に瀕している日本の観光・旅行産業にとって、インバウンド観光の復活は生命線であり、経口治療薬の治験の成功が期待されている。

 一方で日本人による国内旅行の復活のためには可処分所得の増加が不可欠になる。日本では1980年代に「一億総中流」が実現し、国内外旅行が隆盛化した。ところが近年には「一億総転落」と叫ばれる貧困化が進行している。

 日本は07年に1人当たりGDP(国内総生産)でシンガポールに追い抜かれたが、20年のIMF(世界通貨基金)のデータではシンガポール約9万7千USドルに対して、日本は約4万2千ドル(韓国は約4万4千ドル)と大差をつけられている。厚生労働省の賃金構造基本統計調査によると、日本の一般労働者の平均月給はこの20年間にわたって横ばい状態が続いている。

 その結果、OECD(経済協力開発機構)の20年の平均賃金(年収)データでは、米国約6万9千ドル、韓国4万9千ドル、日本3万8千ドルで韓国よりも少ない水準になっている。この20年間に米国は平均賃金が4割増、韓国は9割増であったが、日本は横ばいだったために大差がついた訳だ。

 岸田氏は宏池会の領袖であるが、この派閥は岸田氏が生まれた1957年に同県人の池田勇人氏によって結成されている。60年安保闘争で退陣した岸信介首相に代わって登場した池田首相は「国民所得倍増計画」を強力に推進して「一億総中流」の礎を固めた。そのために岸田首相は「令和版所得倍増」を提唱しているが、日本の長期低迷に歯止めをかけることができるだろうか?

 ポストコロナにおける観光立国を考える際にインバウンド観光は重要であるが、インバウンドは国際政治・経済の動向に影響されやすいのが難点だ。日本観光の安定的発展のためには国内旅行の充実化が大切であり、その前提として「令和版所得倍増」の成否が注目される。

 (北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)

 
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