【私の視点 観光羅針盤 338】訪日観光の再開 石森秀三


 6月10日に訪日外国人観光客の受け入れが再開した。コロナ禍の深刻化で入国禁止措置が講じられて以来、2年ぶりのことだ。苦境にあえいできた観光・旅行業界にとっては「待ちに待った再開」と言いたいところであるが、現実にはさまざまな制約条件付きの再開だ。

 まず入国者全体の上限は1日2万人で、コロナ前の7分の1程度。このうち観光については欧米諸国を中心に感染リスクの低い98カ国・地域からの添乗員付きの団体旅行に限定されている。

 ただし参加者は出国前の陰性証明が必要であるが、来日後の検査と待機が免除されているために感染拡大が危惧されている。現に先月実施された実証ツアーの際に感染が生じており、無事を祈るのみである。

 訪日観光の再開はめでたいことであるが、世界はすでに大変動の時代に突入しており、「ゆっくりと観光を楽しんでいる場合ではない」という意見もある。

 現にロシア軍によるウクライナ侵攻をきっかけにして「核戦争」の脅威が高まっている。安倍元首相は「敵基地攻撃能力」や「反撃能力」や「核シェアリング(核共有)」の必要性を主張し、「GDP比2%を目標にして防衛力強化を図るべし」と提唱している。

 国の借金「長期債務残高」が1千兆円を突破している中で、なおも巨額の国費を軍事力増強に投入するのは狂気の沙汰としか言いようがない。安全保障の要諦は「敵を減らして味方を増やすこと」であり、軍事力増強ではなく、「外交力」強化による対話の積み重ねが不可欠だ。

 そういう意味で国際観光は相互理解を前提にしており、文化的安全保障の役割を果たしている。観光業界は、「平和の創出」に貢献していることをもっと強く社会的にアピールすべきだ。
 とはいえ、観光産業はフラジャイル(脆弱(ぜいじゃく)な、壊れやすい)要因を抱える産業であり、コロナ禍のようなパンデミック、軍事的紛争、気候変動による災害、経済的不況、物価上昇、人口減少などの影響を受けやすい面がある。

 私は2003年に小泉純一郎首相の下で設置された観光立国懇談会のメンバーとして、何度も首相官邸に出向いて観光立国政策の方向性について議論を行った。そして懇談会提言の「観光立国の意義:今、なぜ観光立国か」について起草を行った。

 懇談会提言は「住んでよし、訪れてよしの国づくり」というスローガンを掲げて、その後の観光立国政策に影響を与えた。そのため03年は日本における「観光立国元年」とみなされている。

 しかし10年代の観光ビッグバンの影響でその後は「訪れてよし」に重点が置かれ、「住んでよし」が軽んじられた。従って訪日観光の再開に伴って、再び安直に「観光の量的拡大」を意図したインバウンド観光立国に逆戻りすべきではない。

 「住んでよし」を前提にして、地域の民産官学の協働によって地域資源の持続可能な活用を図り、「観光の質的向上」に力点を置くことによって持続可能でしなやかな観光立国の実現を図るべきだ。要するに「住んでよし」と「訪れてよし」のバランスのとれた観光立国政策の推進を図るべきであろう。

 (北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)

 
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