【私の視点 観光羅針盤 448】ノーベル平和賞の重圧 石森秀三


 衆院選の10月27日投開票を控えて、各党による選挙活動が活発化している。国内外の情勢が不安定化・混迷化し、日本の内憂外患が極度に高まっているにもかかわらず、各党の主張・政策は低次元であり、ただただ落胆するのみだ。

 絶望的状況の中で日本全国の被爆者でつくる「日本原水爆被害者団体協議会(被団協)」に、今年のノーベル平和賞が授与された。被団協は1956年に結成され、その結成宣言で「人類は私たちの犠牲と苦難をまたふたたび繰り返してはなりません」と訴えた。被団協の長年にわたる草の根の取り組みは世界を動かし、2017年に国連で核兵器の使用から保有まで全てを禁じた「核兵器禁止条約」が採択された。その年のノーベル平和賞は被団協と共に、条約制定に尽力した非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」が受賞した。

 日本へのノーベル平和賞は、1974年に非核三原則の表明で受賞した佐藤栄作元首相に次いで2例目で50年ぶりの栄誉だ。佐藤氏が提唱した「非核三原則」は、核兵器を持たず、作らず、持ち込ませずであったが、その後の自民党政権は非核三原則を軽視して、被爆者が繰り返し求めてきた核兵器禁止条約にも一貫して背を向けてきた。

 ロシアのプーチン大統領は2022年2月のウクライナ侵攻宣言で「われわれを邪魔しようとする者は、歴史で見たこともなかった事態に直面する」と述べ、戦略核兵器使用をほのめかした。緊迫する中東地域でも核の脅威が明らかで、イスラエルによる核兵器使用の可能性が高まっている。被団協の平和賞受賞の背景には従来にも増して、核兵器を使ってはならないという「核のタブー」に対する危機感の高まりがある。

 唯一の戦争被爆国の市民団体が「ノーモア・ヒバクシャ」を全世界に訴え続け、これからも核廃絶運動の先頭に立つ決意を示す中で、被団協がノーベル平和賞を受賞した。日本政府は世界の破局のシナリオを断つために重たい責務を抱え込むことになった。せめて次回の核兵器禁止条約締約国会議にオブザーバー参加して、被団協の平和賞受賞に応えるべきであろう。

 今年のノーベル賞授与では人工知能(AI)の重要性が鮮明になった。ノーベル物理学賞と化学賞では共にAIを活用した業績に授与されている。今回、物理学賞を受賞したトロント大学名誉教授のジェフリー・ヒントン氏は「AIのゴッドファーザー」と呼ばれる学者であるが、AIの普及で真偽不明の情報があふれ、政治や軍事に利用されるなど、AIが手に負えなくなる脅威・危険性を厳しく指摘している。果たして、AIは人類にとって最良のものか、観光産業にとって最良のものか、今後しっかりと見極める必要がある。

 言うまでもなく、「観光は平和へのパスポート」であり、観光に関わる団体・企業・個人はすべからく「平和産業」としての役割を自覚し、世界平和の実現に貢献すべきだ。被団協の活動は今後若い世代に受け継がれていく必要があるので、平和産業としての観光産業は核廃絶に関心を抱く若者たちを鼓舞し支援することも重要な役割になる。

(北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)

 
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