米国の大統領選挙は、七つの激戦州の全てで勝利したトランプ氏が返り咲きを果たした。トランプ氏は全米選挙人の過半数270人を超える312人を獲得し、ハリス氏の226人に大差をつけた。上院でも共和党が多数派を奪還し、現在集計中の下院でも多数派を獲得すれば、大統領職と上下両院の全てを共和党が掌握する「トリプル・レッド」が実現し、米国第一主義を標榜(ひょうぼう)するトランプ氏は強大な権力を得ることになる。
一方、先の衆議院選挙で過半数を獲得できなかった石破首相は11月11日に召集される特別国会における総理大臣指名選挙で、野党側による一本化が困難な情勢に助けられて、再び総理大臣に選出される公算が大になっている。強大な権力を手中に収めて大統領に返り咲くトランプ氏と比べると、石破氏は薄氷を踏むかたちで総理大臣に指名され、第2次石破内閣を発足させることになる(※編集部注=11日に第2次石破内閣が発足した)。その後の政権運営は極めて厳しくなることが予測されており、最新の月刊誌では「自民党崩壊:石破首相の煉獄」と題する緊急特集が組まれて話題になっている。
バイデン政権は同盟国との関係を重視した多国間協調政策を進めたが、トランプ氏は同盟国に対して「相応の負担」を求めると公言しており、日本に対しても在日米軍の駐留経費の負担増や米国製の高価な軍需品の輸入による軍備拡張を求める可能性が大だ。石破首相は既に日米地位協定の改定やアジア版NATO(北大西洋条約機構)構想などを提唱しているが、トランプ政権の理解を得るのは不可能であろう。
トランプ氏は全ての外国からの輸入品に10~20%の関税を課す方針を掲げており、自由貿易に反対の意向だ。特に中国からの輸入品には一律60%の関税を課すと明言しているために米中対立の激化が懸念されている。またトランプ氏は気候変動対策や核軍縮・不拡散に対しても後ろ向きであるために、日本は主要7カ国(G7)やインド、オーストラリア、ASEAN(東南アジア諸国連合)、韓国などとの連携を強化して、米国第一主義に歯止めをかける必要がある。
大統領選挙によって米国が真っ二つに割れ、分断国家の色彩がより鮮明になっている。その結果、世界の不安定化・混迷化に拍車がかかるのは明白だ。トランプ氏はウクライナへの軍事支援を取り止め、ロシアに有利な展開が生じるために、ロシアはNATOに対する挑発を増やすことになり、欧州の緊張度が高まるだろう。ロシアと結束する中国と北朝鮮、イランも勢いづき、台湾周辺、朝鮮半島、中東地域で戦争や軍事的衝突の危機が高まる危険性が大である。
言うまでもなく観光産業は動乱や紛争や天災や不況や疫病などに弱いフラジャイル(もろい、虚弱な)体質を有している。トランプ氏の再登場によって米国が孤立主義的傾向を強め、世界に諸々の混迷をもたらすとともに、日本の統治機構の不安定化が相まって、観光産業の正常な発展が阻害される危険性が大である。観光庁や観光産業のリーダーは世界の混迷化・不安定化を前提にして、日本観光のより望ましい発展の在り方を周到に思案し、適切に善処すべき責務を負っている。
(北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)
※11月18日号掲載コラム