【私の視点 観光羅針盤 460】観光の下僕と人間の喜び 石森秀三


 新年早々に政府観光局は2024年の訪日客の推計値が3687万人で、新型コロナ禍前の19年に記録した3188万人を超えて過去最多を更新したと公表した。また観光庁は訪日客による年間消費額の推計値が8兆1395億円で過去最高と発表している。

 政府は30年には訪日客6千万人、消費額15兆円とする目標を掲げているため、中野洋昌国土交通相は新年インタビューで「観光は成長戦略の柱、地方創生の切り札であり、観光産業は重要な担い手。しかし収益性や賃金水準の低さ、人手不足といった構造的課題が顕在化しており、稼げる産業への変革を推進するための支援が必要」などと表明(本紙1月13日号参照)。

 観光立国実現のために政府として数値目標を立て、稼げる産業への変革推進は理解できる。しかし私は日本の観光立国元年(03年)に小泉政権の下で首相官邸に設置された観光立国懇談会メンバーとして「住んでよし、訪れてよしの国づくり」を唱える観光立国ビジョンを起草した。そのため「訪れてよし」が強調され過ぎる近年の観光立国政策に危惧を感じており、「住んでよし」との共存共栄の重要性を喚起し続けている。

 私は昨年末に研究室の整理整頓を行ったが、その際に公益財団法人日本交通公社から以前に寄贈を受けた機関誌『観光文化』215号(2012年10月発行)を見つけ出した。その号の特集は「観光地づくりの本質を探る:観光まちづくりの『心』とは」であった。

 その号の巻頭言は倉敷商工会議所名誉会頭の大原謙一郎氏が寄稿しておられ、主要な論点は下記の通り。

 「倉敷が外見のみを飾った『観光業のための観光地』になったり、大原美術館が『町の集客装置としての観光資源』になってしまったりすることは、厳に避けなければならないと考えている」「・・集客を全てに優先させ、街自体の価値や、市民の誇りと生活をなおざりにしてはならない。生活と文化が『観光の下僕』になってしまったら、倉敷も大原美術館も、その日から劣化しはじめるに違いない」「・・いわゆる『入込み客数』は『二番目に重要な指標』だと考えたい。一番重要なのは、この街の価値と市民の生活の美しさである」「観光事業は、国の姿を問い、地元の誉れを高める事業である。・・『観光地』に暮らす私たちにとっては、自らの姿を常に問いなおし、本当の地元の誉れを磨くことこそが一番大切なことになる」。以上。

 この号では日本で最初に観光学を体系化された鈴木忠義先生(2018年に93歳で逝去、長らく東京工業大学教授を務めた)が、「人間の『喜び』と『生きがい』を生む観光地づくり」を論じておられる。

 その論稿のエッセンスは「地域に生活している人々が、発見の喜び・創造の喜び・守る喜び・参加の喜び(これらは生きがい感)に浸りつつ、地域を美しく磨き上げていくとき、他の地域から多くの人々(観光客)がその『光』を『観に』訪れる。これにより観光は成立する。そのとき多岐にわたり、相互に社会的、経済的な効果が発生する」。

 この号の編集担当者は私の知人で当時財団の研究調査部長を務めておられ、現在は國學院大学観光まちづくり学部教授の梅川智也氏。高い志を有する民産官学の的確な協働で観光立国の適正な発展に寄与したい。

(北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)


(観光経済新聞2025年1月27日号連載コラム)

 
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