3カ国目となるデンマークについては、最初に少し説明が必要だ。今話題の「ニュー・ノルディック・キュイジーヌ」についてである。日本で「新北欧料理」とも呼ばれるこのムーヴメントが生まれたのが、他でもないデンマークのコペンハーゲンだからだ。
唐突だが、「noma」というレストランをご存知だろうか? 2003年に実業家のクラウス・マイヤー氏とシェフのレネ・レゼピ氏がコペンハーゲンで開業、ミシュランの二ツ星に輝いた後、飲食業界のアカデミー賞とも称される英国の「Best Restaurant in the world」で、4回も世界一のレストランという認定を受けた店である。予約待ちは常に数千人、世界で最も予約の取れないレストランと言われたが、現在は移転のため閉店中だ。15年には、約1カ月間限定で、マンダリンオリエンタル東京内に「noma東京」をオープン。料理とそれに合わせたワイン・ペアリングで6万3千円という高価格にも関わらず、予約開始当日に完売、ウェイティングリストは6万人以上にのぼったと話題を呼んだ。
地産地消を旨とする同店では、例えば料理に酸味をプラスしたい時、地元で採れない柑橘類は使わず、何と、蟻をトッピングする。昆虫食の伝統があったため、蟻酸を利用することを思い付いたそうだ。こうしたインパクトの強さだけが喧伝されることが多いが、同店の存在意義は、それだけではないのだ。
実は、プロテスタントの信者が多い北欧では、「美食という快楽は罪」という考えから、従来食事は生きるための栄養補給に過ぎなかった。だが、彼らは「新北欧料理のマニフェスト」を発表し、そんな食文化に一石を投じたのである。
「北欧の素晴らしい気候、地形、水が生み出した個性ある食材をベースにする」「北欧の食材と多様な生産者に光を当て、その背景にある文化的知識を広める」「伝統的な北欧食材の新しい利用価値を発展させる」などの10項目から成るこのマニフェストは、北欧食材の素晴らしさを人々に気付かせ、料理人たちを奮起させると同時に、北欧料理を劇的に進化させる革命となった。同マニフェストは北欧閣僚会議に正式なプログラムとして採用され、各国政府は学校給食の改善努力や北欧製品の海外宣伝支援活動などのプログラム援助に、約300万ユーロを拠出したとされる。
特に地元デンマークでは、「ノマノミクス」と呼ばれる社会現象にまで発展した。nomaやその卒業生の店へ行ってみたいと、美食目的で同地を訪れる観光客が11%も増加。外食産業は18%の成長を遂げ、結果として雇用創出につながり、地域の生産者も恩恵を被ることとなったのだ。
少々カタイ話になってしまったが、われわれも美食を求めてコペンハーゲンに出掛けたのだから、その影響力の大きさは身をもって感じた。次号では、現地で実際にいただいた最先端の料理がどんなモノであったか?をお届けしたい。
※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。