【竹内美樹の口福のおすそわけ 274】山の宿にて 宿泊料飲施設ジャーナリスト 竹内美樹


 温泉と食べ物が大好きな筆者にとって、温泉宿はパラダイス。温泉に浸かっておいしいお料理をいただけば、超シアワセである。

 前号に登場した「塩原高冷地かぶ」の仕入れも兼ね、先日伺った栃木県塩原温泉郷の「やまの宿下藤屋」も、白濁した硫黄泉が魅力。渡邊幾雄社長と女将さんのおもてなし精神と、山の宿ならではのお料理も、リピートしたくなる理由だ。

 その際のお夕食の一部をご紹介。こだわり厳選素材「那須御用卵」のべっ甲漬けや、ウルイのお浸し、鮎(あゆ)甘露煮など酒のさかなを盛り込んだ前菜。岩魚(いわな)の清流焼きは、地元養魚場から毎日仕入れているという。自然に近い状態で、こだわりのエサで育てられているそうで、養殖魚にありがちな臭みがまったくなく、身がもっちりして美味。川魚がニガテな同行者も、コレには舌鼓を打っていた。

 おわんは、目にも美しい一品。わん種は二色の、ふんわりした魚のすり身団子。白は岩魚、ピンクはプレミアムヤシオマスだそう。この連載でもご紹介したことがあるが、かつてはヤシオマスαという名前だった。

 栃木県水産試験場で生まれ、県花のヤシオツツジに身の色が似ていることから命名されたヤシオマスを、さらに改良したこの魚。現在は七つの基準を満たしたものだけが、プレミアムヤシオマスというブランドを名乗れる。その最も厳しい基準がオレイン酸の含有量で、従来の2倍以上も含まれているため、酸化しにくいから魚臭さがない。また、奇麗な水と良質の餌で飼育されているので、生食も可能である。

 というワケで、次のお造りではこのプレミアムヤシオマスを堪能。卵を産まないため栄養分が全てうまみになる上、脂の融点が低いので口どけが良く、まるで中トロのよう。ウマイ!

 そして地元で採れた山菜の天ぷら。コレはもう、書かなくてもおいしさは伝わるだろう。東京まで運ばれたモノよりも、はるかに新鮮なタラの芽やこごみは最高だ。それに大好物の稚鮎(ちあゆ)と塩原高冷地かぶの天ぷらも盛り合わせてあり、これ以上ないごちそう。

 かぶと鶏の炊き合わせや、栃木牛のしゃぶしゃぶなど、他にもさまざまなお料理をいただいて、締めには鮭(さけ)茶漬け。焼いた鮭の塩味がちょうど良く、ホッとする味だ。

 お料理を堪能した後、市原広料理長にごあいさつさせていただいて驚いた。これだけのお料理を、調理場たった二人で作っておられるというのだ。しかも先般のゴールデンウイークは22室の全館が満室で、80人以上のお客さまをお迎えしたそうだ。手の込んだ朝食も提供されているのだから、並大抵のことではない。

 「仲居さんたちが手伝ってくれるからできるのです」と料理長。考えてみると、お料理を作ったり運んだり、お布団の上げ下げやお掃除、お風呂の温度の調節など、宿の裏方さんたちがさまざまなことをして下さるからこそ、われわれはシアワセに浸れるのだ。改めて、ニッポンの宿のおもてなしに感謝した夜だった。宿に乾杯!

※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。

前菜

プレミアムヤシオマスと岩魚のすり身のお椀

岩魚の清流焼き

山菜と稚鮎、塩原高冷地かぶの天麩羅

塩原高冷地かぶと鶏肉の炊き合わせ

出荷前の塩原高冷地かぶ

 

 
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