国内旅行は復活の兆しを見せているが、海外旅行はまだまだ難しい。日本にもあるけど、現地に行かないと「あの味」に会えない料理を、早く食べたいな!その一つが、シンガポールのSin Huat Eating Houseのクラブビーフンだ。
この店は、都内で3店舗を展開するシンガポール料理店「海南鶏飯(ハイナンジーファン)食堂」オーナー、中西紫朗氏から教わった。胃薬片手に現地で食べまくるという合宿を毎年敢行して来た彼が、「間違いなくシンガポールカニ料理のナンバーワン。汚い店なのに高い! でも行きたい!」と太鼓判を押す店だ。
国内へのチューインガムの持ち込みや、公共交通機関での飲食が禁止され、ゴミのポイ捨てがなくなり、街中が清掃の行き届いたテーマパークのような印象を受ける同国だが、店のあるゲイラン地区でタクシーを降りると、何だか違う雰囲気。古い建物が雑然と立ち並び、路上には踏み潰された煙草の吸い殻が…。後で知ったが、政府公認の売春街なのだそう。
同店は建物の1階で、柱はあるが壁はなく、ほぼ外。当然冷房もない。屋外用の丸椅子に座ると、テーブルにプラスチックの皿とレンゲ、箸が無造作に置かれた。英語が通じないのでしばし待っていると、奥から上半身裸の男性が現れた。
この人こそ、シェフのダニー氏。メニューはなく、彼がオーダーを取って自ら調理する上、常に満席だからかなり待たされる。衛生面は全くNG、居心地が悪くサービスも雑、さらに暑い中、長時間待たされるからうんざりするが、ここの料理はそれを覆すのに十分過ぎるおいしさなのだ。
看板料理は、クラブビーフン。ステンレス製の銀の大皿が運ばれて来ると、大き目のワタリガニ「マッドクラブ」2匹分の甲羅が目に入る。甲羅を外してみると、裏にはカニミソがビッチリ。その下には、爪や足などのパーツとビーフンが。カニの身が絡んだビーフンは、だしをタップリ吸ってジューシー。でも決してベッチョリしているワケではなく、麺1本1本に存在感があり、超ベリウマ♪
驚くことだらけのこの店、支払いでまたビックリ! この1皿だけで168SGD(シンガポールドル)、日本円にして約1万3千円もするのだ! なのに、中西氏のコメント同様、「でも行きたい!」って思うのだから、いかにウマイか。
実は同店、われわれが「裸オジサンの店」と名付けて通い始めた後、ミシュランガイドのビブグルマンに掲載された。また、米国で活躍し、世界中の料理業界に影響を及ぼしたフード・ジャーナリスト、故アンソニー・ボーディン氏も、「死ぬ前に食べるべき13の店」の一つに挙げている。
従業員は叔母2人だけ、内装もお金は掛けず、料理一本勝負。ハコ(雰囲気)、モノ(料理)、ヒト(サービス)が三位一体となって初めて良い店になるが、モノだけ突出している稀有な例だ。汚くて高いから絶対ダメという人もいるが、筆者はまた「あの味」を食べたくなってしまう。裸オジサン、どうしてるかな?
※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。