前回の記事で本学会の島川会長が論じたように、わが国における「観光学」の研究は、大きくは社会学系統と経営学系統、そして建築学や文化人類学系統からのアプローチに分けることができる。その中にあって、他国とは大きく異なる発展をしてきたのが、今回の話題となる「ホスピタリティ」関連の研究である。
そもそも、「ホスピタリティ」の訳語として「おもてなし」が当てられることが多いが、まずはこの点からして他国とは異なっている。そして、その結果として、世界的な研究の潮流に取り残されてしまっているのが現状である。筆者は言語学に詳しいわけではないが、もしもこの両者がイコールならば、どちらも並行して用いられることはないだろう。また、「和のホスピタリティ」が「おもてなし」であるといった考察も多いが、筆者の研究によれば、そもそも両者はその生じてきた文化的背景も大きく異なっており、むしろ、一部は重複しているが、独自の概念領域を、それぞれが広く持っているとも考えられる(図表1)。
図表1 ホスピタリティ概念とおもてなし概念(筆者作成)
海外の研究をみると、なかなか興味深い事実が浮き彫りとなる。例えば、米国の観光系学部の多くは、「ホスピタリティ」や「ホテル・マネジメント」を冠しており、「観光学」というよりも、「ホスピタリティ論」の観点から観光を考察する傾向がある。こうした影響はわが国にも及んでおり、「観光系大学」などとしばしば一括りにされるものの、学部名や学科名に「ホスピタリティ」あるいは「ホスピタリティ・マネジメント」がつけられているケースもある。
その「ホスピタリティ研究」であるが、この分野をリードする米国でのHospitality Managementとは、「ホスピタリティ産業に関する経営上の諸問題解決」を目指していることがほとんどである。この場合、「そもそもホスピタリティとはなんであるか」といった、いわば概念の追求などはなされない。ホスピタリティ産業とは、A産業とB産業、そしてC産業といったように産業の枠組みを当てはめたうえで、他の産業とは異なる特性に応じた組織マネジメントを検討していくことになる。論点としては、そもそもホスピタリティ産業にはなにが該当するか、といった点が検討されるが、それを踏まえて通常はサービス・マーケティングやサービス・マネジメントの理論枠組みをもとにして、諸問題を検討していくことが多い。
これに対して、わが国や、一部の欧州諸国、特に英国や北欧では、ホスピタリティとはいったいどのような概念なのかをまず検討することが多い。ただ、「おもてなし」のような特定の国における独特のホスピタリティ概念を扱うケースはまれであり、聖書や叙事詩の記述などから、ホスピタリティ概念そのものに肉薄していく。そのうえで、そのホスピタリティ概念を軸とした組織マネジメントを検討することになる。この組織マネジメントを、わが国では「ホスピタリティ・マネジメント」ということがあり、米国的アプローチとの相違に注意する必要がある(図表2)。
図表2 ホスピタリティ関連研究の図式
(出典:徳江順一郎[2018],『ホスピタリティ・マネジメント(第2版)』同文舘出版, p.39を一部改変)
なお、筆者は、社会心理学において研究が進んだ「信頼概念」を基軸としてホスピタリティに迫っている。
いずれにせよ、ホスピタリティを取り巻く諸研究は、まだはじまったばかりである。さまざまな議論の途上でもあるため、本学会でも活発な議論を展開していきたい。
東洋大学国際観光学部 准教授 徳江順一郎氏