観光庁「地域独自の観光資源を活用した地域の稼げる看板商品の創出事業」に関する特別対談
「看板商品創出事業」担当責任者、有識者に聞く
コロナ禍前は、インバウンドが2019年に史上最高の3188万人に増えるなど、成長戦略の柱、地方創生の切り札として大いに成長を遂げてきた。ポストコロナでも、国が人口減少を迎える中、観光を通じた内外との交流人口の拡大による地域の活性化が重要視されている。今回は、観光庁が地域活性化を目的に実施する「地域独自の観光資源を活用した地域の稼げる看板商品の創出事業」(約101億円)の狙いや申請で求めることなどを観光庁の担当責任者、有識者を招き、語っていただいた。(跡見学園女子大学で。聞き手は本社・長木利通)
観光庁が今後進める地域活性化支援事業
――まず、インバウンドを含めた観光庁が取り組む支援事業の現状について。
篠原 復調してきたとはいえ、観光庁発表による1月の宿泊者数は、21年比では約7割増もコロナ禍前と比べてまだ7割だ。インバウンドは、トラベルバブルの中でモニターツアーを執行する動きもあるが、本格化にはまだ遠い。まず国内の需要を確保し、受け入れ体制を作りながら、海外からの準備を行うべきだ。必ず復調するインバウンドに備えるには、地域の特性を育て、人数よりもお金が消費され、稼げる仕組みが必要である。私は観光庁の委員も務めているが、今後どう稼げる仕組みに発展させるかは議論している。
跡見学園女子大学観光コミュニティ学部 准教授 篠原 靖氏
輕部 観光産業がコロナ禍で大きな影響を受け、先行きが見通せない状況が続くが、2年前から対策を進めてきている。支援ではGo Toトラベル事業などを実施してきたが、これからは冷え込む需要を掘り起こすだけでなく、その先を見据えた取り組みを始動する局面に差し掛かっている。そうした観点から、21年度経済対策、あるいは22年度当初予算では、将来を見据えた、需要喚起だけでなく、新しく観光産業の足腰を強くしていく施策を展開する。
観光庁 参事官(外客受入担当) 輕部 努氏
――具体的には。
輕部 大きく柱は、(1)国内交流の回復・新たな交流市場の開拓(2)観光産業の変革(3)交流拡大により豊かさを実感できる地域の実現(4)国際交流の回復に向けた準備・質的な変革―と四つある。地域の活性化に絡むものとして3番があるが、今後はいかに観光再生の中で稼ぐ力を付けていくかが鍵となる。観光施策は、これまで観光ビジョンをベースに進め、コロナ前まではインバウンドの数は目標を達成してきた。消費額や地方への誘客については課題だが、一方で消費拡大や稼げる力を付けるためのコンテンツの磨き上げ、旅館・ホテルの高付加価値化といった方向性も出てきている。コンテンツづくりとしては、20年度1次補正予算事業「誘客多角化等のための魅力的な滞在コンテンツ造成実証事業」(誘客多角化事業)、20年度3次補正予算事業「地域の観光資源の磨き上げを通じた域内連携促進に向けた実証事業」(域内連携事業)に続く、新たな展開として今回は「地域独自の観光資源を活用した地域の稼げる看板商品の創出事業」(看板商品創出事業)を実施する。
――地域が抱える課題については。
輕部 インバウンドの消費額の達成率は6割とまだ低く、地方部での延べ宿泊率も達成率は6割と低く、これらを伸ばさなければならない。
篠原 地域活性化は交流による関係人口だけでなく、観光産業への雇用を生み出していくことにつながり、国の観光施策の中でも求めている。しかし現実として、冷静に地方を分析すると、拠点となる主たる観光地や宿泊地以外の地域は観光客との接点がなく通過点となっている場合も多い。国の観光による地域活性化を実現するには、これまでのグループ旅行による拠点型の観光から個人型に対応できる観光地域づくりが必要だ。
輕部 通過点とならないためには、誘客時に一定時間留まり、コンテンツを楽しみ、消費してもらうこと。これが実現できれば、一定の経済効果が生まれる。
篠原 観光庁の今後の取り組みで特に着目しているのは、観光の受け入れ体制づくりだけでなく、地域ブランドを育成する部分にある。また、地域が異業種の人も含めた総力戦で取り組むことが実現につながる。
輕部 地域内で自発的に取り組むとなると、多様な関係者間での調整がうまくいかず、効果、メリットが共有されない場合もある。観光庁による支援策をきっかけとして、アイデア出し合い、合意形成を図りながら、新しい取り組みを進め、地域の活性化の起爆剤にしてほしい。
篠原 過去も観光庁に限らず、各省庁は自走に向けてのきっかけづくりを促す事業展開を行ってきた。一方、事業採択後でのフォローアップ体制の不足が指摘され続けていたが、域内連携事業では採択事業に対して専門家を派遣するなどフォローアップ体制が確立された。これは大きな進歩といえる。
輕部 伴走による支援で、事業をただやりっぱなしにせず、次につながる形に昇華させなければならない。
篠原 伴走支援の取り組みは、われわれの有識者の中では別名で「輕部モデル」と言っている。今後、観光庁の一番弱かった部分を補うこととなる。伴走がスタンダート化することが、大きな変革につながる。
看板商品創出事業の目的や支援の進化点
――看板商品創出事業について伺いたい。
輕部 魅力ある観光コンテンツづくりは、インバウンドを含めた新たな来訪者の取り込みだけでなく、滞在の長期化、リピーターの増加につながるものであり、交流人口の増加を通じた地域活性化を実現する大きな鍵となる。看板商品創出事業は、それを実現することを目的としている。本事業で観光コンテンツの造成を進めることにより、地方公共団体やDMOなどが中心となり地域の多様な関係者が連携することで、地場産業の活性化や定住促進にも大きな効果をもたらし、「住んでよし、訪れてよし」の持続可能な観光地域づくりが進められることを期待している。
――誘客多角化事業、域内連携事業に続く第3弾となる。継続することは。
輕部 域内連携事業で構築した伴走支援の枠組みは継続する。これまでは観光庁と事務局が中心となり伴走支援を行っていたが、今回は地域の実情に熟知している地方運輸局を組み込み、より実効性があるものとなるよう準備している。
篠原 専門家の支援体制、また日常的には地方運輸局の観光部も観光庁の専門家とのつなぎ役として、機能していくことになる。今回は、事前相談会も設定される。
輕部 従来は、公募要領を出して一定期間内に申請してもらう形だった。今回は、公募要領を公表した後に地方運輸局(ブロック)単位で事前相談会を開催する。申請に向けての事前相談ということで、事業内容やKPIの立て方も含めてアドバイスする。採択後も、すぐに有識者の講演などの研修を受講してもらうほか、KPIや内容をブラッシュアップする期間も設けるなど、事業開始前のフォローもしっかり行う。
――今回の事業で進化する箇所については。
輕部 看板商品創出事業では、これまでのコンテンツ開発、関係者の連携に加え、販路の開拓も支援する。支援の対象を進化させ、フォローの体制、伴走支援の内容も強化した形で事業を実施する。
篠原 販路拡大に関しては、大手百貨店のバイヤーなどとお見合いを計画するなど、出口戦略までフォローするフルパッケージが用意される。
輕部 従来にはあまり連携先としてなかった小売りの分野とも連携を取るため、関係団体とも調整を進めている。
篠原 これまではモニターツアーをして終わりのケースが目立った。今回の申請では、販路のルートを明確に考えられているかどうかも審査のポイントとなる。
――ウェブが定着し、賢く目が肥えた消費者へ、どう販売するかは注目される。
篠原 KPIの立て方だが、これまでは先の販路が見えない形が多かった。モニターツアーを行う際には最低限自走でき、ビジネスにつながる体制づくりが期待される。
――終了後でのアンケート結果では、定性的なものが多く、定量的な結果が少ない。
輕部 そこは課題の一つ。看板商品創出事業では、伴走支援をしながらアンケートの取り方や質問項目の作り方などもアドバイスしていく。単に感想だけでなく、自走の際の価格や損益分岐点が読み取れるものなど、将来につながる内容を求めてほしい。
――同事業では「一般型」「文化資源連携型」の二つの類型が設けられることとなったが。
輕部 基本的な対象事業者や補助の内容は一緒だ。一方、文化財を使用するとなると、条例など特有の諸条件がある。それに対応する細かい支援メニューを用意し、文化庁と連携して事業を実施する。
篠原 文化財も財源の問題がある。観光資源として捉えた場合、どう活用し、どう稼ぎ、どう持続可能にさせるかを考えなければならない。
公募申請におけるポイントについて
――申請者から見て、理想的な着地点については。
篠原 誘客多角化事業、域内連携事業で他地域とは違う尖ったコンテンツ開発や域内での受け入れ体制を作るという連携面でのお手本がある。課題は、流通まで届いていないこと。例えば、お祭りイベントでお客さまを受け入れた後にお金を落としてもらう仕組みづくりや継続性はポイントとなる。
――申請ではサステナブルやインバウンドとの関係性は求められるか。
輕部 最近では、持続可能な観光が大きなテーマとなっている。申請の際にも持続可能な観光に関する取り組みとして、何をしているか、何をするかを書いてもらう予定だ。インバウンドとの関係だが、まずは国内を主眼にモニターツアーやコンテンツの造成を進めつつ、将来的にインバウンドでも通用できるものを求めたい。
――1次、2次での採択件数については。
輕部 域内連携事業では400件を超える地域を採択した。そうした実績も参考にする。
――誘客多角化事業、域内連携事業と違い、純粋に100%の補助ではない。応募件数への懸念は。
輕部 要件として総事業費700万円以上といった基準を設けている。500万円までが定額補助(10/10)であり、700万円の申請であれば、自己負担は100万円(500万円を超える部分については1/2で、補助上限額は1千万円)となる。必ずしも自治体だけでなく、いろいろな関係者と連携しながら、どうやって負担するかを検討してほしい。
――採択は、DMO中心となるのか。
輕部 どのような形が有利かということはなく、その地域で最も良いと思われる連携体制を組んでほしい。
――自治体が手を挙げることはできるのか。
輕部 可能だ。現在の域内連携事業と変わらない。
――旅行会社、広告代理店が自治体と供託して手を挙げることは。
輕部 それも可能だ。域内連携事業では参加する自治体から確認書を取っていたが、看板商品創出事業では民間企業を含めて連携先全てから同意書を取り、参加者全員が自らの役割を理解しながら申請を行ってもらう形とする。
篠原 前事業では地域が汗をかかずに事業を子請け、孫請けへの丸投げが見受けられたが、明らかな場合は、審査から落ちる仕組みも必要。また、申請書の連携先がただ多いから良いというわけではない。本当に実効性ある体制を確立して申請してほしい。
――1地区1事業なのか。看板商品が複数あり、いくつも手を挙げることは可能か。
輕部 自治体自体のエリアが広いなど、それぞれの地域で状況が異なることから制限は設けない。ただし、一般論としては、全く同一の地区で複数の申請がある場合は、なぜ一体で実施できないか厳しく見ることになると思う。
篠原 域内連携事業では、一つの自治体で二つ、三つ採択された地域もある。作文だけでなく、しっかり実行できるかどうかだ。
――看板商品というのは、地域で売り出されている一番のものということか、それとも新しいものか。
輕部 どちらも該当する。今あるものを増進させる磨き上げもあるが、どちらかというと埋もれている観光資源を発掘することが本来の目指すところだ。
篠原 顧客価値を生み出せるものとなるかどうかだ。
――最後に。
輕部 今回の看板商品創出事業は、誘客多角化事業、域内連携事業に続く三つ目の事業となるが、これまでに培ったノウハウを組み入れながらコンテンツの造成を行うとともに、販路についても一歩踏み出す。地域も手探りで取り組んでいるところもあり、何らかの形で一つの道筋を、事業を通じて導き出していく。ぜひ、多くの地域から積極的に応募してほしい。
篠原 日本人が楽しめないコンテンツは、外国人にも売れない。今からインバウンドを見据えた対策を行うことは、再開時の基礎となる。日本の観光戦略は、国を支える大きな核になるのは間違いない。一方、観光がしっかりと全国の地域の方々に恩恵をもたらすものとしなければ続かない。これまでの努力は着実に実となりつつある。今回の一連の観光庁の事業は、そうしたところに近付いており、多くの方々が事業に賛同し、参画することを期待している。
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観光庁輕部参事官(左)と跡見女子大篠原准教授