【観光立国・その夢と現実 44】旅館創業者の精神性(2) 小原健史


 旅館業の創業者の精神性について、父・小原嘉登次のことに触れているが、商都大阪での初めての商売に失敗した嘉登次は、フィリッピン・ダバオで小父が経営するマニラ麻の農園の仕事にたどり着いた。

 そこで蛮刀を腰に差すのだが、それは現地の労働者が少しの合間を見つけて手を抜こうとする、すると日本人のスタッフが蛮刀を少し抜いてガチャガチャと脅す、その音に驚いて労働者が仕事に集中するふりをする。経営者側は脅しと恐怖感を与え労務管理をしようとする、労働者側は少しでも手を抜いて楽をしようとする絵にかいたような最悪の環境である。嘉登次は、ここで数年間過ごすが得られたものは〔重労働により鍛えられた体力だけ〕であった。

 南洋のダバオでは家族もいないし友人もいない。仕事が休みの日は何もすることもなく、夜の浜辺に出て岩場の上で満月を眺めながら望郷の念は募るばかりだが、長崎の港で南洋に出向く嘉登次を連れ帰ろうとする親類の前で「日本には、もう二度と帰って来ん!」とたんかを切ったので意地でも帰れない。

 しかし、毎月のように妹から手紙が届き、帰国を促されると、矢も楯もたまらなくなり帰郷の気持ちが高まる。そして、その二つの気持ちは何度も何度も相克する。

 嘉登次は、エイヤッとばかりにダバオに永住する気持ちを断ち切り、帰国の意思を固め再び船上の人となった。帰国の船の中では「故郷に飾ることもなく帰郷するからには、どんな苦労もいとわない、必ず成功してみせるぞ!」と誓いを立てた。

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