ホテル不動産の価格が高騰する中、国内資本の旅館・ホテルがM&Aによる事業拡大を図るには、投資採算を見極める洞察力を養うことが重要である。割高な価格で物件を取得すれば、取得後の客室改装や設備投資に充てられる資金が限られ、収益改善の余地が狭まる。重い減価償却費の負担が経営全体に悪影響を及ぼし、赤字体質に陥るリスクも無視できない。
特に注意すべきは、赤字が続いている物件の取得である。ホテル不動産の価値は、立地や施設の状態、収益実績によって雲泥の差がある。立地や施設の状態が良いように見えても、赤字が常態化している物件は慎重な判断が必要である。「安いから」と安易に購入することは避けるべきだ。
自社にホテル運営のノウハウがある場合、低迷している物件を黒字化できる可能性もあるが、過信は禁物である。根拠のない自信に基づく投資は、本業にまで悪影響を及ぼす恐れがある。実際、国内外の企業が取得した物件が開業に至らず放置されている例は、全国の温泉地や観光地で数多く見られる。
M&Aの提案を受けた場合、物件取得前に緻密な収支予想を立てることが不可欠である。将来収益を見積もり、設備更新費や人件費の増加を見込んだ事業計画を策定しよう。特にオフシーズンの収益低下に備え、その影響を緩和する改善施策をあらかじめ考えておくことが望ましい。月別の観光客数の推移を確認し、オフシーズンに現地に行って自分の目で確認すれば、冷静な判断が可能になるだろう。
譲渡契約の条件についても、詳細な確認が求められる。譲渡契約には、スタッフの雇用継続や取引業者の維持、売上債権の精算、譲渡代金の支払い条件など多岐にわたる項目が含まれる。条件を曖昧にしたまま契約すると、引き継ぎ後に予期せぬトラブルに巻き込まれる可能性が高まる。
特に注意すべきは、従業員の雇用継続条件である。優秀なスタッフが流出すれば、運営に支障をきたす恐れがあるため、原則として全員の雇用を維持することが望ましい。また、地元業者との取引条件が維持される場合には、取引価格が市場価格と比較して割高でないか契約前に確認しておくことが望ましい。
(アルファコンサルティング代表取締役)
(観光経済新聞12月2日号掲載コラム)