近年、旅館・ホテルのM&A市場では、海外資本勢の大量流入により物件価格が高騰しており、国内事業者は押され気味である。海外資本は短期的な利益確保や高値での転売を目的とするケースが少なくないため、地域の観光振興に必ずしも寄与しない。このような状況下において、国内事業者は長期的視野に立ち、地域経済や観光産業の持続的発展に貢献する戦略的なM&Aを行うことが期待される。
海外投資家は著名な温泉地や観光地に所在し、安定的な収益が見込める施設を好み、相場よりも高値で取引することが多い。一方で、条件を満たさない施設は、土地・建物の簿価を大幅に下回る価格しかつかないことがある。借入残高が大きい場合には、売却後も負債や個人保証が残るなど、売り手にとって深刻な問題となる。後継者不在で旅館業を辞めたいが、借金があるため、辞められないという声は全国でよく聞く話である。
こうした状況を打開する手段の一つとして、単なる「箱物」から「ストーリーを持つ宿」へと価値基準を転換し、物件の魅力を再定義することが有効だ。歴史的背景や地域の文化的資源、独自の宿泊体験、質の高い接客など、数値化が難しい魅力を丁寧に整理・発信し、不動産以外の側面から事業価値を訴求することで、国内の投資家やアドバイザーの関心を高めることができる。
また、自社サイトやSNSを活用し、経営理念や地域貢献の実績、持続可能な観光振興への取り組みなどを発信することで、価格交渉以前の段階で質の高い情報を提供することも有効な手段だ。明確な戦略を打ち出せば、買い手やアドバイザーからの信頼も高まり、より好条件の提案を受けることができるだろう。
地域内の複数施設が連携し、仕入れルートの共通化や人材交流、共同でのプロモーションなどを行い、コスト削減やサービス向上を図ることも買い手への訴求ポイントとなる。このような取り組みで得られるシナジー効果は、異業種から参入する買い手にとっても安心材料となり、M&A後の事業成長を期待させるプラス要因となる。
交渉を有利に進めるためには、弁護士や会計士、税理士、M&Aアドバイザーなど専門家との日頃からの連携が欠かせない。自社判断のみでは、海外投資家や不動産ファンドが提案する不利な条件を受け入れてしまうリスクがある。近年ではマッチングサイトが充実し、容易に専門家を見つけられるようになっているので活用することをおすすめする。
(アルファコンサルティング代表取締役)
(観光経済新聞2024年12月16日号掲載コラム)