
旅館・ホテルの事業承継は、企業の存続と成長を大きく左右する重要なテーマである。家業として受け継がれるケースが多いため、スムーズに承継できるかどうかが経営の浮沈を左右するといっても過言ではない。近年は経営者の高齢化が進行し、後継者不足が深刻化している。中小企業庁の調査によれば、中小企業の半数以上が後継者不在と推計されている。こうした状況は旅館・ホテル業界にも影響を及ぼし、適切に承継を進められない企業は衰退のリスクが高まると考えられる。
では、事業承継を成功させるためには何が必要なのだろうか。第一に挙げられるのは、先代があえて口出しをしないことである。後継者に経営を委ねると決めた以上、先代は一定の距離を保ち、経営権を後継者に譲るべきである。先代が現場に頻繁に出入りし、従業員に直接指示を与え続けるようでは、後継者がリーダーシップを確立することは難しい。特に両者の意見が対立した場合、スタッフは従来の慣習で先代の指示を優先しがちであり、その結果、後継者が信頼を得られず、自信を失って意思決定が遅れるという悪循環が生まれる。深刻なケースでは、会長・大女将派と社長・女将派(若女将派)のどちらにつくかをスタッフに迫られ、社内が分断してしまう事態にも発展しかねない。
次に重要なのは、過去の成功体験を押し付けないことである。経営環境は時代とともに変化しており、30年前に通用した手法が現代でも有効とは限らない。旅館・ホテル業界でも、集客手法や顧客の嗜好は大きく様変わりしている。過去のやり方に固執し、新しい考えや柔軟な戦略を取り入れないままでいると経営の停滞を招きかねない。先代の経験は貴重ではあるが、後継者の視点を尊重し、時代に合った新たな経営戦略を導き出すことが肝要である。
金融面の課題を整理するタイミングで事業承継を進めることも有効な手段である。かつては事業再生を終えてから承継に着手するケースが多かったが、近年では金融機関の支援を受けながら計画的に承継を進める方法が増えている。たとえば、地域創生ファンド活用による債務圧縮などの支援を受ける際には、後継者を中心とした今後の経営体制を具体的に示す必要がある。そのため、金融問題の解決と承継のプロセスを同時に進めることが効果的である。
(アルファコンサルティング代表取締役)
(観光経済新聞2025年3月3日号掲載コラム)