
後継者が経営者としての役割を果たすためには、決断力を養うことが不可欠である。しかし、旅館・ホテルは家族経営が多く、優秀な子息が医師などの専門職や大手企業への就職により、適任の後継者が見つからないことも少なくない。適任者が不在の場合、他の兄弟や親戚が経営を引き継ぐことになるが、その場合、自信や経験の不足からくる決断力の弱さが大きな課題となる。
自信を持たないまま経営を引き継げば、重要な場面で適切な判断ができず、周囲の意見に流されてしまう恐れがある。特に、業績が悪化した際や金融機関との交渉では、経営者としての姿勢が問われる。金融機関は後継者の迷いや不安を敏感に察知し、場合によっては厳しい対応を取ることもある。最近では、ファンドなど外部資本の支援を受ける企業も増えているが、後継者に資質がないと判断されると、プロ経営者という名目で外部のコンサルタントが送り込まれることがある。業績回復を期待して高額な報酬を支払い招聘(しょうへい)したものの、結果的に組織内に対立を生み、経営が混乱するケースも少なくない。こうした事態を避けるためにも、後継者自身がリーダーシップを発揮し、早い段階で経営の主導権を確立することが重要である。
決断力は一朝一夕に身につくものではない。日々の業務の中で、少しずつ鍛えていく必要がある。そのためには、自らの考えを持ち、それを周囲に伝え、行動に移す習慣をつけることが大切だ。また、社内外の関係者と積極的にコミュニケーションをとることで、経営者としての判断力を養うことも求められる。
人脈の継承も事業承継において欠かせない要素の一つである。先代が築いた取引先や業界関係者との関係は、後継者にとって貴重な経営資源となる。円滑に引き継ぐためには、計画的に人脈を継承し、関係性を深める努力が必要だ。特に旅館・ホテル業では、政財界とのつながりが経営の安定に直結することも多いため、後継者はできるだけ早い段階から関係構築に取り組むことが望ましい。
近年、旅館・ホテル業界はインバウンド需要の拡大により、市場が大きく成長している。都市部や観光地では宿泊施設の供給が追いつかず、周辺エリアへの需要の波及も顕著になっている。一方で、政治・経済の変動や自然災害、感染症の流行など、宿泊業に影響を与えるリスクは周期的に発生している。たとえ現在の経営が順調であっても、将来の環境変化に備えておくことは不可欠である。
後継者が決断力を養い、人脈を継承し、さらに将来の不確実性に対応できる体制を整えることは、事業承継を成功させるために欠かせない。日々の経営実務を通じて経験を積み、経営者としての自覚と責任感を深めることで、時代の変化に対応できる柔軟な経営力を身につけることが求められる。
(アルファコンサルティング代表取締役)
(観光経済新聞2025年3月10日掲載コラム)