【道標 経営のヒント83】ささやかなもてなし、とは 福島規子


 日本の宿におけるささやかな「もてなし」とはいったい何か。

 たとえば、客が到着する前に香をたき、ほのかな残り香で出迎える「空薫(そらだき)」や、客室の入り口やバスルームに添えられた一輪刺し、クローゼットに忍ばせた匂い袋などもそうだろう。

 針山には黒糸と白糸を通した縫い針が刺してあり、灰皿に添えられたマッチ箱からは取り出しやすいようマッチ棒が2本ほど頭をだしている。

 また、瓶ビールを持ち上げるとき、瓶の底が濡れているとハカマも一緒に持ちあがってしまうことがある。それを避けるため気の利いた係はハカマの中に松葉を2本入れておく。ささやかながら粋なもてなしと言えよう。最近では、大浴場で他の人とスリッパを区別するための「洗濯ばさみ」も、もてなしとして定着してきた。

 そういえば、一時期、枕元に折鶴を置くのがはやった。その後は折鶴に女将の手書きメッセージが添えられたり、「女将からです」と、お休み前に甘いものとが差し入れられたりもした。だが、ささやかな心遣いも、やりすぎるとあざとさが見え隠れし、興醒めということにもなりかねない。

 長寿を祝う席で、接客係の1人が「ささやかですが、こちら、私どもからです」と桐箱に入った品をサプライズギフトとして、宴席で直に主賓に贈ったことがあった。

 あの吉田兼好でさえ徒然草の中では、「物くるる人は良き友」と挙げるほどだから、贈られた方は悪い気がしない。だが、宴席終了後、係は主催した親戚一同から厳しいお叱りをいただいた。

 客「金を出すわれわれに一言の断りもなく、いきなり物を贈るとはどういうことだ」

 係「(主賓を)驚かそうと思って」

 客「主催者を差しおいてやるものか!」

 サプライズギフトを受けとった時、人がもっとも感謝するのは「驚かせてくれた人」である。これでは、主賓は主催者そっちのけで、宿側の気遣い、そのもてなしに感動してしまう。

 祝宴や接待におけるサービスは、「もてなす側の意向に沿って組み立てる」のが大原則だ。大事にするのは主賓よりも主催者。ゲストよりもホスト。気遣いどころを間違えると、信用や信頼は失墜する。

 もてなす側が目指すところは、宴席終了後、主賓に「いいサービスだ」と褒められることではない。究極は、接待者が主催者に「最高のもてなしだった。ありがとう」と感謝されている姿をみること。

 ささやかだけれど、宿屋冥利理に尽きる一番うれしい光景だ。

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