【道標 経営のヒント94】ボーダレスシニアワンダーランド 石井敏子


 3月後半から4月のお花見時期の1カ月間、外国人観光客を顧客に持つ行燈旅館は最近では1年を通して一番忙しい季節となりつつある。

 今年は、上野公園を歩いていても外国人が寝そべっているのを多く見かけた。ビール会社が季節限定桜模様の商品を売るのもうなづける。この様に東京の桜は年々認知度を上げてきて、天気は今ひとつだったが、今年は特に盛り上がったように思う。

 客室数24室、収容人数48人の行燈旅館は、最大で1日18カ国の方が集まったことがある。今年も欧米系の方たちがたくさん来てくださった。

 職場での今年の私のスタッフへの声掛けを振り返ると、「ねえ見て、素敵なカップルね。こういう方たちが来てくれると嬉しくなるね」と何回言ったことか。

 私の年代がそこに到達したことももちろんあるが、目指すは欲張りにも国境を越え、また、熟年を超えた方たちの「ボーダーレスシニアワンダーランド」だ。それを胸に秘めた私にはとっては、とてもうれしいことなのだ。

 彼ら彼女たちの何と素敵なこと。若いカップルと旅の話を共有するのを見ていると幸せな気分になる。数年前に70歳を過ぎたカップルが夏の富士山の頂上に登り、その素晴らしさを語っている姿はまさに圧巻だった。

 日本人も外国人も同じくリタイアすると、時間にもお金にも余裕があるシニアは夫婦や友達または1人旅に出かける。そのシニアたちが長くゆっくり旅を楽しむために一番節約したいのは宿泊代だろう。行燈旅館は低廉な価格帯なので、老若男女、年齢層も幅広い。

 余裕のあるシニアたちが、若い方たちとすんなり溶け込んで話ができるとその旅もグッと楽しくなる。日本のホテルの方たちもこのような熟年夫婦を取り込むのにシニアプランなどを作り努力をしている。

 しかし、日本のホテルでシニアプランと言っても、どこか個体としての提案で老若男女一緒になって楽しむというものではない。高級旅館ではとかく密室的サービスと言うか、他のお客と交わるというのは、そもそも想定していない。

 熟年日本人が苦手な行為であるというのも考慮しての事なのか、夫婦水いらずを望んでの事なのか。行燈旅館に来る熟年外国人カップルを比べてしまうのも申し訳ないが、熟年夫婦だって恋はできないまでも出会いは必要である。

 毎日長い時間家で顔を突き合わせて暮らしているので、たまの水いらずも必要ない年代である。その様な方たちの社交の場となる雰囲気を醸しだしてくれる旅館・ホテルが日本にたくさんあったら、シニアたちも旅をもっと長くゆったり、また人生さえももっと楽しめると思う。

 
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