客室数9室の高級小規模旅館で顧客対応に関する合同研修を実施した。参加者は接客、中番、フロントと第一線で顧客と接している面々だ。
研修のタイトルは、「こんなとき、どうする?」。部屋に虫が出た、大浴場で写真を撮っている宿泊客がいた、宿泊中の有名人についてしつこく聞かれた等々。クレームであれば顧客の立場に立った迅速な対応が必然だが、有名人に関する問いかけといったクレーム以外の話題については、とっさの一言に込められたユーモアやセンスが問われるところだ。
有名人の宿泊を聞かれたときに「プライベートでのお泊まりですから。お答えできかねますッ」とビシッと言い切ってしまっては興ざめである。顧客は「〇〇さんも泊まるような素敵なお宿に泊まっているのよ♪」とワクワク気分で尋ねたのに、頭から否定されてしまっては気分も落ち込んでしまうだろう。顧客が納得するような言い方で、もう少し気持ちの良い言い方はないものだろうか。それぞれが意見を出し合った。
A子さんは「女優の〇〇さんですか? さあ、ちょっと分かりかねますが…」と言葉を濁しながら暗に「その件についての質問はお控えください」オーラを醸し出し、それ以上の質問を封じるという。A子さんいわく、「泊まっていないと嘘をつくのは心が痛むし、かといって顧客と一緒になってあれこれと噂話に花を咲かすのもいかがなものか」と顔を曇らせる。
一方、B子さんは「いつもお忙しい方のようですが、今日は久しぶりのお休みだそうで…」と顧客の質問には誠実に答えつつも、プライベートでの宿泊なのでご配慮願いたい旨をやんわりと伝える作戦だ。また、「そちら方面には疎いもので」と端から話題を避けるように仕向けることも効果的だという。いずれも20代の若手社員の意見だが他スタッフの返答を知ることで自身の力量を測り、腕を磨いていく。このあと込み入った事例も検討したが、研修としてはまずまずの成果が得られた。
ところで、以前、離れ形式の高額旅館に宿泊した際、客室まで案内してくれた若い男性スタッフの返答がふるっていた。「今日は満室ですか」と何気なく尋ねた一言に満面に笑みをたたえながら「おかげさまで、空いているお部屋以外はすべて埋まっております」と爽やかに切り返してきたのである。一瞬、「満室?」と勘違いしたものの、その答えの妙に一本取られたと楽しい気分になり、上機嫌で宿を満喫した覚えがある。
また、対人接客に限らず、心に響く文言は顧客の気分をさらに向上させてくれる。露天風呂でよく見かける「露天風呂には、虫さんや葉っぱさんが遊びに来ることがあります。気になる方はそっと逃がしてあげてください」というしゃれっ気のある立て札も秀逸だ。
物は言いようで角も丸くなる。言葉の端々にもこだわりたい。