ほとんどの日本人が都会人となり、日常的に自然と触れ合う機会が減った。家でも職場でも工業製品でできた部屋で過ごし、空調完備の便利な生活を送っている。外に出れば段差のないよく舗装された道を歩き、樹木はよく手入れされている。都会で土を見ることはまれで、虫が棲む場所もないぐらい理路整然と美しい。たまにハエが飛ぶと大騒ぎする。日本人は陰影礼賛を貴ぶといってもどこもLEDで均一に明るい。このような生活をしていると動物としての人間は五感で感じられる自然を求め旅に出る。
ハワイでは高齢者でも海水浴を楽しんでいるが、日本で海水浴を楽しむのは若者ばかり。日本人が裸で自然と向き合うのは温泉くらいしかない。いつも荷物を抱え、身だしなみの良い都会人にとって、何も持たず裸でいる開放感は特別だ。エアコン慣れした体には自然の風を肌で感じる感覚は新鮮だ。やはり旅館が都市ホテルと違うのは周りの自然の豊かさ、大きさだろう。地上から見上げる大きな空は都会にはない。2回3回とお風呂に入る旅館では、体を洗うのは二の次にして自然の恵みである温泉にゆったり浸かりたい。
今まで数多くのお風呂を造ってきたが、その立地によってできるのは千差万別。団体用の大浴場から始まり、庭園と一体になった回遊式露天風呂、そして今はインフィニティバスと変遷している。洗い場は浴槽の脇にあるのが一般的だ。しかし洗い場は寒いと困るが、浴室は肌寒くてもよいし、風があっても気持ちがよい。洗い場は明るさがほしいが浴室は薄暗く外の明かりで照らされるぐらいがちょうど良い。明るいと虫が来ると今の人は言うがこの自然の中に棲むのは人間だけでないと言ってもお客さまは譲らない。
浴室と洗い場を分けたらいろいろなことが解決できた。きれい好きの日本人には機能的で細かいところまで気配りした洗い場を用意する。浴室は真冬でない限りはほとんど露天風呂状態の方が窓は曇らないし、湯気の心配もなく、自然との一体感もあり気持ちがよい。海辺に造ったお風呂は波しぶきのかかる嵐の日に入ると自然の猛威を感じられると評判が良い。ガラスがないだけでトワイライトの光の移り変わり、風で揺らぐ木々、動く雲を身近に感じる。
温泉という自然の恵みと景観で創り上げる五感に訴えるお風呂はお客さまの満足度を増す。旅館を元気にするにはお風呂が良い。