【道標 経営のヒント 257】「新しいもてなし様式」が、接客の知恵と技を消滅させるかも 九州国際大学教授 福島規子


 東京都がようやく「Go Toトラベル」の対象地域となり、観光地にも客足が戻りつつある。7月、8月とゆるやかな回復基調だった観光地もここのところ一気ににぎわいをみせ、割引率の高さから高額旅館では新規客を中心に客足も伸びてきている。

 さて、教育訓練の研究では、ロールプレイングなどのマンツーマン方式の接客訓練で成果が上がるのは、新入社員あるいは入社3年未満の若手社員であり、熟達者にはあまり効果がないことが明らかになっている。

 熟達者はすでに自分なりのやり方を身に付けていることが多く、それが非合理的かつ非効率的な方法であっても、新しいやり方を習得するための時間的コストや心理的負担を考えると、自ら進んでやり方を変えようとはしない。現に、現場では「このやり方が一番慣れている」「やり方を変えると間違えるから、今まで通りにやった方が確実」という声はよく聞く。

 マニュアルにのっとった接客訓練を卒業した熟達者たちは、長年培ってきたノウハウを生かして、複雑なオペレーションを効率よく回していく。

 例えば、1人で二つの部屋食を担当する熟達者は、料理提供の段取りを1部屋ずつ考えるのではなく、2部屋を一つの仕事として段取りを組んでいく。18時半に始まった客室Aの顧客の様子をうかがいながら、客室Aの吸い物とお造りを厨房に通すタイミングを考え、19時スタートの客室Bに料理を提供しながら客室Aの顧客を待たせすぎていないかを気に掛けるのだ。つまり、熟達者は各部屋の食事の進み具合に配慮しながら厨房に料理を通し、絶妙のタイミングで提供するという高度な接客をやってのけているのである。

 ところが、新型コロナ感染対策の観点から入室回数を4回に限定したところ、これがうまくいかない。全ての料理を4回で提供し終えなければならないにも関わらず、5回、6回といつも通り(コロナ以前通り)の入室回数に戻ってしまうのである。頭では分かっていても、うっかり料理を通してしまい、結局は1品だけを持っていくはめになる。

 顧客の中には、係が部屋に入ることすら拒み「料理はふすまの前に置いておいて」と感染対策を徹底したい人がいる一方、「料理をまとめて持ってくるなんて最低のサービスだッ」と怒りに近い苦情を言う人もいる。

 新型コロナに関する考え方はさまざまだが、事例のように「4回で全ての料理を提供する」ことはあくまで暫定的措置にすぎない。ユネスコ無形文化遺産でもある和食を守り、それを提供する熟達者たちの知恵と技を次世代につないでいくためにはもっと時間をかけて議論を重ねていく必要があるだろう。

 熟達した接客係は言う。「新しいやり方を覚えたら、私らはもう元には戻れないからね」。中途半端な「新しいもてなし様式」は旅館文化を消滅させる危険性をはらんでいることを肝に銘じておきたい。

 
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