講義終了後、学生に「お疲れ様でした」と声を掛けられ、ギョッとしたことがある。元官僚の同僚は「バイト言葉なんでしょうかねぇ。教員に対してお疲れ様はないでしょう」と苦笑する。
平成19年2月に文部科学省が示した文化審議会答申「敬語の指針」の中にも、似たようなQ&Aがあった。
問27 時間外に仕事を教えてくれた上司に「どうも御苦労様でした」と言ったら、「ご苦労様はないだろう」と笑われてしまった。そこで、書類作成に追われた上司が帰る時には、「御苦労様」以外の言い方を考えてみたのだが、適切な表現が浮かばず、そのままになってしまった。そういう気持ちを表したい場合には、どうすればよいのだろうか。(「敬語の指針」45ページ)
大学教員にせよ、会社の上司にせよ、目下の者からねぎらいの言葉を掛けられること自体に違和感があるのだ。この問いに対し文化審議会は答申の中で二つの見解を述べている。
解説(1) 仕事について教えてくれた上司に対しては、「どうもありがとうございました(大変助かりました)」と感謝の表現にすれば良い。また、書類作成に追われた上司に対しては、「(本当に)お疲れ様でございました」などと言えばよいだろう。
解説(2) 「御苦労様」は、基本的には自分側のために仕事をしてくれた人、例えば、配達をしてくれた店員などに対し「ねぎらい」の気持ちを込めて用いる表現である。ねぎらいは、上位者から下位者に向けたものとなるため、目上の人に対しては「御苦労様でした」を用いない方が良い。
これに対し「お疲れ様」は「ねぎらい」の気持ちを込めて使われる表現ではあるが、一緒に仕事をした後などお互いに声を掛け合うような場合にも多く用いられる表現である。そのような状況であれば「お疲れ様」ではなく「お疲れ様でございました」という丁寧な言い方であれば仕事上の上司であっても使うことができる。(同46ページ)
さらに、答申では「お疲れ様でございました」は、誰にでも使える表現であると明記している。
例えば、答申にある「一緒に仕事をして互いに声を掛け合うような場合」を、大学における演習形式の授業と仮定すれば、学生が教員に「お疲れ様でございました」と声を掛けることが悪いわけではない。
しかし、やはり、学生と教員の関係はバイト先の人間関係のようにフラットではないし、いくら丁寧な言い方をしたとしても「お疲れ様」はいただけない。相手との関係性を理解し、それに配慮した一言が言えるかどうかも大学での学びの一つといえよう。
講義終了後、「ご指導ありがとうございました」と会釈をしてから教室を出ていく学生を見ると、少しだけ心が軽くなる。