一般的に従業員満足度と顧客満足度には相関関係があるとされているが、レナードA・シュレシンジャーは、サービス提供者における従業員満足度の70%は以下の三つの要素によって支えられているという。(1)サービス提供時の活動の自由が確保されていること(2)自らの権限で顧客にサービスを提供できること(3)サービスに必要な知識と技術を備えていることである。つまり、サービス提供者と顧客が直に接する「サービス・エンカウンター」を従業員自身がどの程度コントロールできるかによって従業員満足度が決まるとも言える。
中でも、二つ目の自らの権限で経費を使ってサービス・エンカウンターをコントロールすることは、従業員に自信と高い満足度をもたらす。いわゆるエンパワーメントである。エンパワーメントとは権限の委譲によって、やる気や潜在的能力を引き出すことで、近年では人材育成の手法としても注目を浴びている。
権限移譲の事例で有名なのが、リッツ・カールトンの「1日2千ドルの決裁権」である。同ホテルでは顧客に「ワォー!」というような感動を与えるためであれば、1人1日2千ドルまでの権限が認められている。12月4日の為替レートでいえば日本円で26万8600円とかなりの金額になる。
先日、この自己裁量権の効果的な使い方について研修を行ったところ、Aさんから「自己裁量権を使って家族にコーヒーサービスをするのはありか、なしか」という問題提起があった。同社の自己裁量権は1人1日1万円。そう高い金額ではないが、コーヒーサービス程度であれば気軽に何度でも自由に決済できる。参加者らが出した答えは「家族へのコーヒーサービスは不適切」というものだった。たとえ、サプライズだとしても身内からのコーヒーサービスは想定の範囲内であり「ワォー」と叫びたくなるような感動のサービスは生み出さない。「家族にいい顔をしたいだけ」「福利厚生と勘違いしているのでは」といった厳しい意見もあった。
では、どのようなときに自己裁量権を使えばよいのか。例えば、顧客の忘れ物を着払いではなく元払いで発送する、空港まで届けてほしいと言われれば、自己裁量権を使ってタクシーに飛び乗る。また、顧客が客室で故人の写真に手を合わせていたら、故人の好きな花を自己裁量権で用意し供えて差し上げることもできる。自己裁量権とは、単に突発的な出来事やクレーム対応などのソリューションとしてのみ活用されるものではない。従業員がサービス・エンカウンターをコントロールする際に、最高のパワーを与えてくれる魔法のつえでもあるのだ。
1991年3月にスタートしたこのコラムも今回が最終回。31年9カ月にわたりご愛読いただき誠にありがとうございました。感謝の気持ちでいっぱいです。また、お目にかかれますことを心から楽しみにしています。