赤羽は、荒川河川敷に近いターミナル駅で、周辺には大型商業施設から商店街、歴史のありそうな個人商店、居酒屋、はては風俗エリアまで「何でもアリ」な街並みが広がる。“よそ者”をも寛容に受け入れる、「『猥雑なごちゃごちゃ感』が赤羽の魅力」と東京北区観光協会事務局長の杉山徳卓さんは言う。商店街にはアート作品も配置され、歩いてみると、不思議と居心地は悪くない。すべてを受け入れ、包み込んでくれる優しさは、エレファントカシマシ(通称エレカシ)の音楽にも通じるだろうか。
作詞・作曲とボーカルを担当する宮本浩次さんはじめ、メンバー3人が赤羽の出身。2018年11月から湘南新宿ライン、宇都宮線、高崎線のホームで二つの代表曲が流れている。池袋・東京方面に向かう上りでは「俺たちの明日」、不器用でもいいから頑張ろうという曲は、都心に向かうビジネスパーソンを励ます。大宮・高崎方面に向かう下りでは「今宵の月のように」で、家路に急ぐ人々を癒やすための選曲だ。赤羽駅では発着本数の少ないこのホームがあえて選ばれたのは、京浜東北線などでは発着が頻繁過ぎてメロディーが聞こえにくい、という理由だった。ホームでは曲のエッセンスが詰め込まれたメロディーを味わうことができる。
きっかけは、エレカシのデビュー30周年に当たる2018年、荒川河川敷での記念ライブが企画されたことだった。河川敷でのイベントは、安全性に関する国の規制が厳しく生半可な準備ではできない。協力を依頼された観光協会は2012年から花火大会を運営しており、多少のノウハウを持っていた。1万5千人を集める大型イベントだったが、結局は準備が整わず頓挫する。その代わりに駅のメロディーを企画、「東京都北区赤羽」などの人気コミックで知られる地元在住の漫画家、清野とおるさんが4人を描いたポスターや横断幕を作って盛り上げた。宮本さんは当時「これはもう信じられないような、でも誇らしく、うれしく、なんかとってもあったかい気持ちになります」とメディアの取材にコメントしている。
ファンの間で赤羽は「エレカシの聖地」として知られ、デビュー前のメンバーが練習していた音楽教室ではメンバーの直筆サインが並ぶ。地域の人々にももっと関心を持ってもらうためにも、荒川河川敷でのライブを「いつか必ず実現させる」ことが観光協会の願いだ。その”前哨戦”という願いを込めた花火大会が10月22日、コロナ禍を経て3年ぶりに開催され、エレカシの音楽をバックに大きな花火が打ち上げられ、ひときわ大きな歓声を集めた。
※元新聞記者、昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。「乗り鉄」から鉄道研究家への道を目指している。著書に「釣りキチ三平の夢 矢口高雄外伝」(世界文化社)など。(写真も)
音楽教室に並ぶエレカシのサイン(中)と清野とおるさんによるポスター(左)