【駅メロ とわずがたり 11】JR国立駅 歴史を刻むバー、「都立の星」の甲子園 藤澤志穂子


バー「レッドトップ」

 学園都市・国立の玄関口であるJR国立駅では、オルゴール調の穏やかなメロディが流れている。大正時代末期の1926年以降、西武グループ創業者の堤康次郎により、関東大震災で被災、移転する現在の一橋大学を中心とした街づくりが行われた。駅から伸びる「大学通り」では間もなく桜が満開になる。

 赤い三角屋根がシンボルだった駅舎は、JR中央線の高架化に伴い取り壊されて2006年に大型商業施設となる。だが市民には惜しむ声が多く、寄付をもとに再建、「街の魅力発信拠点」として2020年に復元された。そんな「意志を持った街」であることが魅力でもある。

 街の歴史を見守ってきたのが、駅前のバー「レッドトップ」。1959年創業、現在85歳の岡本貞雄さんがマスターだ。当初は隣接する立川市に米軍基地があり、主に米国人を対象とし、店名も「米国人受けする響き」にした。店舗は、米国人向け住宅を改装したものだ。

 もともとサラリーマンだった岡本さんが、縁あって友人と共同経営を始め、最終的に引き受けた。それから60年あまり。国立の文化人からメディア関係者、ご近所さんまでが集うバーとして歴史を刻む。かつては漫画家の滝田ゆう(1931―1990)も常連で、本人がデザインしたコースターとマッチは今も健在だ。

 岡本さんが、最も印象に残っているのが1980年夏、都立国立高校の甲子園出場だ。東大にも多くの進学者を出す「偏差値70」の「都立の星」の快挙に全国が沸き立った。当時、国立の料飲組合の責任者だった岡本さんが支援に奔走。大学通りには甲子園へ応援に行く市民有志のバスが連なった。「最初は期待していなかったけど、急に盛り上がっちゃってね」。

 野球部のマネジャーだった久保知子さんは振り返る。「予選のくじ運が良くて強豪のシード校が早々に敗退。割と涼しい夏で、1人で投げていたピッチャーの市川(武史)さんが、あまりバテずに済んだことも大きかった。でも『甲子園行くぞ』なんて張り切っていたのは市川さんくらいで(笑)」。それが「もしかして」と現実味を帯びてきたのは5回戦、佼成学園を相手に18回を戦い、引き分け再試合に持ち込み勝利したことだった。その勢いで西東京代表を勝ち取ったが、甲子園の初戦は前年度、春夏連覇の和歌山県の箕島高校で、開幕初日の試合で敗退する。応援団もトンボ返りとなったが「寄付金が集まりすぎちゃって。余ったお金でピッチングマシンを寄贈しました」と岡本さん。

 女子マネジャーは当時、ベンチ入りできなかった。「でも、今でも野球部の集まりには呼んでもらえてうれしいです」と久保さん。市川さんは東大に進学し、六大学野球で活躍した後、大手企業に入社し現在は執行役員だ。国立駅前に立つと、あの夏の熱気がよみがえる。

 ※元産経新聞経済部記者、昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。「乗り鉄」から鉄道研究家への道を目指している。著書に「釣りキチ三平の夢 矢口高雄外伝」(世界文化社)など。


バー「レッドトップ」

 
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